三、ゆびわ
強姦紛いの愛の確認からちょうど一年。
イルカがそう言ったら、カカシに口を塞がれた。人聞きが悪いから止めなさい。
夜這いだったっけまあどっちにしろ、とイルカが笑ってカカシの左頬を腫らすことになった。

戦いで数々の先達が鬼籍に入り、いよいよ自分達も覚悟しなければと焦る。時間を惜しんで刹那の愛を確かめる二人だ。
カカシはイルカに側にいることだけをねだり、イルカは黙って受け入れる。ただお互いの体温と気配だけが世界の全てだと思う日々。
だが信じるだけでは救われない、忍びの世界。

カカシはイルカにまた一つ贈り物をした。
正確には自分とイルカに、お揃いの鎖の指輪を。
普通の指輪だとクナイを握れば握力で指輪が変形してしまうから、首輪や腕輪と同じ物にした。イルカも戦う事があるからと、手を握ったり開いたりして具合を確認し満足した。
だがイルカは左手の薬指の意味が理解できていなかった。カカシは手甲を外し、イルカの左手に自分の左手を重ねた。
結婚しようと言われて初めて理解したイルカは、そこまでは望まないと指輪を外そうとした。
勿論外れるわけはない。どれだけむきになろうがイルカの指が赤く腫れるだけだった。
何でも叶えられるカカシに何も要求しないイルカだからこそ、与えたかった場所なのだ。益々離せないではないか。
カカシがイルカの残りの人生を、余すことなく腕に抱えようと誓う。イルカもカカシに全てを委ねようと頷いた。
隠れ里の忍びには元々戸籍がない。家庭を持ち希望すれば与えられるが、大半は便宜上の住民票で事は足りるのだ。
イルカは事実婚を主張した。戸籍を作りたいカカシの説得にも、首を縦に振らない。
貴方の師もそうだった、と言われれば黙るしかない。彼らはそれでも家庭を築いて幸せだったでしょう、と。
ではせめて結婚式を、と長からの命令に仕向けて強引に執り行うことにした。長は喜び、率先して全てを用意してくれた。

見たことのない綺麗な白い服を着せられ、イルカは戸惑い口数も少なく部屋の隅に座る。
薄絹を何枚も重ねた長い裾はついぞ身に付けたことがない、否これからもないだろう。ましてや白は二夫にまみえずという証の色だ。
カカシが同じ白の見慣れない服装で現れた時には、男は動きやすくていいなとイルカが呟き失笑を買いさえした。
貴女ってそこまで夢がないんですか、とカカシはイルカの指輪に触れながら眉を下げて笑った。
ひたすら恥ずかしい。それに無防備な肩、走れない服。そう言えば、今日は忍びも休日にしてとカカシが隣で肩を抱いた。
イルカが走れない分は誰かが走るから、今日一日は自分だけのものになれと口説く。なんと歯の浮く台詞だ。
言い慣れてるとイルカは面白くない。顔を晒すしかない服装だが、そうやって隙のない伊達男振りに何人落とされたのかと、今更やきもきする。
カカシだとて、イルカのつやめく黒髪に指を絡ませ細い首筋に顔を埋めた男達を今からでも葬りたいと思う、化粧で際立つ元からの美しさが眩しい。
イルカの教え子から、花娘という花撒きの先導が二人選ばれた。小さき子らはイルカの裾に戯れ遊ぶ。
その忍びの卵の子らは、カカシの腰に及ばぬほどまだ小さかった。

式の段取りはおおまかで、取り敢えず二人のお披露目だと長が腰に手を当て笑う。
カカシを見ては女が叫び、イルカを見ては男が吠えた。逃した魚は大きかったと悔し紛れに言う奴に、お前じゃ捕まえた魚が腐るとはなから諦めていた隣が鼻で笑った。

この佳き日、数多の者達にも祝福を。
火影の言葉に一斉にこうべを垂れる。
俯いたイルカから落ちた一粒二粒の涙をカカシは見た。今だけ許してくださいと小さな声に、イルカの泣き顔を見たことがなかったとカカシは思った。
悲しみの涙を押さえる術は身に付けたが、嬉しい時には対処できないとイルカは言う。けれどカカシも感情表現は苦手で、掛ける言葉を探すだけだ。
仕方なく、化粧が落ちるぞと火影が泣き止ませた。
やっとカカシが掛けた言葉といえば。

俺は死ぬまで世界一の幸せ者です。
囚われてくれてありがとう、そして捉えてくれてありがとう。

火影の努力の甲斐もなく、カカシの言葉にイルカの化粧はすっかり落ちてしまった。
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