二、うでわ
職員室の前にカカシは佇んでいた。
半年もたつのに、まだイルカの迎えに来るのは慣れない。自分から執着を見せて、既に公認とされているのに。
一つ大きく息をして扉に手を伸ばした瞬間に、中から開けられ伸ばした手を引っ込めた。シャラ、と聞こえた気がした。
利き手は右だがこうして扉を開ける時など武器を右手に持ち左手で開ける事が多いため、無意識に左手を使用する。今も革の手甲の下で鎖が揺れた。
動きを想定し、手甲の手首の部分は緩くできている。その下にイルカとお揃いのプラチナの鎖が二巻き、繋ぎ目もなく回されていた。
鎖と皮膚の間には指が一本入るからきつくはなく、かといって腕を上げても緩くて手甲より落ちて見えることもない。
ともすれば記憶から消えて、脱衣時にあったんだっけと思い出す程馴染んでいた。そんな時に鎖をまじまじと見詰めて、カカシは頬を緩めてしまう。
イルカに何か贈りたいと言ったのは、ただ愛情を形で示したかっただけだ。まさか首輪を望むとは思わなかったが、カカシは心底喜んだ。
日常に負担が掛からない物を、と考えたのがアクセサリーに見える鎖だった。囚われたいと願ったイルカにカカシは術を掛け、首輪は勝手に外すことはできない。ついでに、とカカシも腕輪という形で答えた。勿論イルカの術で、手首か最低でも親指を失わなければ外せない。

初めてイルカの体に自分を打ち込んだ際にしっとり吸い付く肌に夢中になってしまい、吐精してからどうしようと汗が吹き出た。がすぐに責任取りますとにやけたカカシは、実はイルカを好きだったのだとその時気付いたのだ。イルカも頷いてくれたし、とその潤んだ目を思い出すと動悸が激しくなる。
ただ何故あの晩イルカを襲ったのかは、未だにカカシも謎だと思っている。

里の責任者は、イルカを追うカカシの目とカカシを追うイルカの目が合わないまま何年もたつのが気に入らないと、倫理をすっ飛ばし煽り続けた。
幸いイルカは付き合う男に本気ではなかったし―押しきられただけで友人の域を出ていなかった―、カカシものらくらと女をかわしていたから。
だってなあ、と真珠の首飾りをした豚に話し掛ける。
あんなに好きですってお互いの背中を見てたら、お前だって気が付くだろ?
そして掛け金の何倍かを手にして、彼女は次の段階を賭け始めたのだ。

カカシは職員室の中から現れたイルカに慌てた。
その背中を押してお迎えありがとうございます、とカカシに笑った教師は受付でも見た顔だ。多分気を回してくれたのだろうと、カカシは軽く頭を下げて笑い返した。
沢山の本やファイルを抱えたイルカは振り向き何か言おうとしたが、扉は音をたて閉められていた。
カカシはイルカの荷物を引き取り、ゆっくり歩き出した。今日はねとナルトがヤマトを出し抜いた話をすれば、悪戯については責任を感じているイルカはカカシの目を見ず乾いた笑いで誤魔化した。
カカシは左手をイルカに差し出し、手を繋いだ。
鎖が揺れる。シャラ、と聞こえた。
『愛してるから、離さないで。』
いいなあとカカシは微笑んだ。
守るものがあると戦えなくなると思っていたが、意地でも帰りたくなるからそれでいいじゃないか。

女のイルカの方が精神的には強く、カカシが長期の留守の度に遺書を書く。カカシ死亡と聞いて取り乱さないように。
そして後を追うために。
カカシは一度、黄泉へ旅立ちかけて戻ってきた事がある。幸い短時間だったためイルカには知らされなかったが、知っていたらイルカは寸刻の迷いもなく自害しただろう。
カカシは自分が生き返ってもイルカが死んでいたら、と想像し脚の震えが止まらなかった。
けれどイルカの想いは何より嬉しい。後を追うなとは言わない。むしろ誰にも触らせたくないから一緒に死にたい、と思うくらいにイルカを愛してる。
繋いだ手を子どものように前後に振る。シャラ、と鎖が愛を語る。
『愛してるから、離さないで。』
夕焼けの眩しい川べりの道で、カカシは立ち止まった。倣ってイルカも立ち止まる。
つい、とカカシは顔を傾けイルカに口付けた。
気持ちを表す言葉が見付からないから。
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