一、首輪
支給服を脱がなければ見えない、細いプラチナの首輪。
鎖帷子と同じくらい細かいわっかの繋がりが、首の付け根を二重に回る。継ぎ目はない。
無理に外そうとすれば首が千切れてなくなるだろう程に頑丈な、首輪。

着けているイルカ本人には、動くたびに鎖同士が擦れる小さな音が聞こえる。シャラ、と。
本当は聞こえはしないのにシャラ、と。
それはカカシの呪縛の声。
『愛してますよ、だから俺から離れないで。』

小さな生徒に向かい腰を屈めると、シャラ。
『愛してますよ。』
急ぎの用で速足に駆け出すと、シャラ。
『離れないで。』

もう半年。

いきなりアパートに押し掛けてきて、寝込みを襲われた。
その時とても気持ちよくさせられて、思わずしがみついてしまったのが運命の分かれ道だったのか。
吸い付く唇と触れた肌の温かさが嫌じゃなかったから、あんまり抵抗感もなく脚を開いた。
意外だねって初めて素顔を見た男に、何となくと答えにならない答えを返せば笑われた。
ひとしきり睦み合って終わった後に、二人してやっぱり好きなんだろうねえと結論を出した。寝たら判るよと同じ人物に別々に煽られていたこともそこで知り、更に端からは顔に慕情が出ているのが見えてたからと後から聞いた。
その人の賭けの対象だったことに脱力し、積み上がった書類を崩してやって慌てる様を見てイルカは気が済んだ。
カカシは護衛の指名任務を一つとばして、あかんべーと女傑から逃げたらしい。

半年たっても飽きることはない。体も、お互いの気持ちも。

カカシの周りの女達はあっさり離れていったし、イルカが付き合っていた男はいつの間にか見掛けなくなった。
どうも両方ともカカシが権力を行使したらしい。六代目火影に推薦されたこともあるくらいだから、小指を曲げるついでの気軽さだろう。
イルカは溜め息をつき、次期火影の女という名札を付けて歩くことを甘んじて受け止めることにした。だが仲間内では、カカシを尻に敷いていると見られている。
勝手に送迎され、勝手にいろんな物を贈られ、次は婚姻届かと今度はアカデミー職員も賭けに乗った。
いっそ別れてやろうか、と天の邪鬼になってしまうほど鬱陶しい。カカシの甘やかしも周りの目も。そして喜んで優越感に浸る自分も。
と考え事をする時に首輪を弄る癖がまた出たと、それにも溜め息をつく。
カカシの証を触るのは、本人の代わりだということだ。
前の男に貰ったアクセサリーなんか休日にも着けたことがない。忘れたとか呼び出しが掛かる予定だからとか言い訳して。男に会う時だけ着ければいいのに、その男の存在証明を肌に感じていたくなかったのだ。

何となく毎日のように側にいて、そうしなければならないように思えてイルカは自ら懇願して首輪を外せない物にしてもらった。アクセサリーだとは思わない、首輪だ。
縛られていたいだなんて、どうかしている。
とイルカはアカデミーの校庭を眺めながら考えていた。
カカシは受付に行くのにも帰るのにも、必ず校庭を横切る。誰に見られようが構わないらしく、今も武器実習の生徒に声を掛けられ手を振っている。
写輪眼だあと好奇心丸出しの子どもが教師の声を無視して駆け寄りそうなのを押し止め、教師に謝っている姿は里屈指の上忍には見えない。
そんなとこ通らなきゃいいのにと思うのだが、イルカに見付けられまたイルカを見付けるのが楽しみらしいから黙認していた。
あ、見付けた。
カカシの嬉しそうな顔は誰にも判るらしく、脇で校庭を見ていた同僚がさっさと帰れとイルカに振り向いて言った。
約束はしていないと言えば、どうせ迎えに来るんだからと苦笑してイルカの背を叩いた。くすくすと奥から笑いが聞こえる。
今から支度をするとちょうどいいだろ、と他からも声が掛かった。
顔を赤く染めながら、イルカはまた鎖の首輪を服の上から触ってしまった。
体温でぬるくなった首輪が冷たくなる時は、カカシが外すかイルカが死ぬ時だ。どうせなら死ぬまで着けていたい。そして体が跡形もなく燃えた灰の中に、わっかのまま残るのが理想だ。
取り敢えず自分からは外せと言わないだろうと、イルカは微笑みながら帰り支度を始めた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。