考えて考えて、カカシが出した結論は。
ならばイルカのにおいを変えてしまえばいい。

チョコレートのにおいも飽きてきたが今のは懐に優しいし、どれに変えたらいいか試し吸いもいちいち買うのが面倒で、と言っていた。これはどうかと勧めたカカシの煙草を気に入ったが、イルカの煙草五箱分とカカシの煙草三箱分の価格がほぼ同じだからと諦めたのだ。まとめ買いしておくから適当に取っていいよ、との甘い誘惑にイルカは涙を飲んで横を向く。
基本的に財布は別だ。イルカが安月給だから、と言って甘えてしまえばカカシという深みに嵌まるだろう。と自立を信念に掲げていたが。
あの時深みにはまっちゃえばよかったかなあ。
あっさりと信念を転がして溝に蹴落としたイルカは、さっき禁煙すると口走った事を後悔しながら歩き続けた。
「今日はあっさり系の肉がいいかなあ、蛋白質を取らないと筋肉が心配でね。」
貴女のためにもね、と囁いたカカシにイルカは顔を赤くしてぷうと頬を膨らませた。
久し振りだもんね、とイルカの腰に腕を回してカカシは含み笑いをする。自分なしではいられないように徐々に攻めたが、イルカは陥落した事をまだ認めない。
「さっきはごめんね。でもこの任務の間に決めたんだ、解ってくれないかな。」
喫煙室でのやり取りを思い出し、イルカは夕焼け空を見上げた。禁煙できるかな、と。
「禁煙しろとは言わないよ。発散方法がなくなったらイルカさんは暴れそうだし、ね?」
気持ちがまた見透かされたかのように、立ち止まってカカシがイルカの顔を覗き込んだ。
イルカは時折苛々すると不要になった書類を部屋で破いて撒き散らかす。花吹雪となった真ん中で寝転び、眠ってしまう事も度々だ。
「うう…。わん!」
その度にカカシに面倒を見てもらう事を思い出し、羞恥を誤魔化すためにイルカは吠えた。もう何を言ったらいいのか判らない。
くすくすと笑いイルカの頭を胸に寄せ、カカシは可愛い可愛いとただ甘やかす。
「もう私駄目です。」
イルカはカカシのベストに額を当て、鼻をすすり出した。涙はぼたぼた地面に落ちている。
「え、どうしたの。」
カカシはイルカに触る事ができず、両手を上げて辺りを見回した。ちらほらと見える通行人は顔を背け、足早に通りすぎる。
「だって、カカシさんは優しすぎる。私、もう一人じゃいられない。」
弱々しく放つ言葉にカカシの目が細められた。漸く自覚したのかと嬉しくて仕方がないのだ。
二人で共に暮らそうと決意するまで一年でも短い、とイルカは思っていた。カカシは交際開始一週間でイルカと暮らしたいと言い出したのだが、当然断られていた。
何を構えるのだと聞けば、以前に恋人になりたいと言い寄ってきた男と良好な関係を築けなかったのだと言う。ヒモになり見栄を張り果てはイルカの家財を売られては、怯まない方がおかしいだろう。
カカシは違うのだと頭では理解しているが、イルカはどうしても躊躇ってしまい半年も悩んでいた。
「一緒にいたい。一緒にいよう。」
抱き締めてしまってはイルカの顔が見られないからと、カカシは両の頬に手を当て顔を上げさせた。
まだ結婚しなくていいからお試しで。
と言うとイルカは煙草のように簡単に変えられては困ります、と眉を下げて目をしばたかせながら笑顔を作った。
「俺は気に入ったら、廃番になるまで絶対変えないんだよ。」
カカシの言葉はまるでプロポーズだ、とイルカは気付いたがその前に自分が『一人でじゃいられない』とプロポーズ紛いの言葉を発した事には気付いていない。
カカシの『一緒にいたい』発言はそれに基づくものだったが、発端に気付かないならそのままでいいかと黙っておく事にした。
後で喧嘩の際に持ち出されてからかわれるとはイルカは露知らず。

遠巻きに人垣ができていた。
何故か次々と人が増えている、とイルカは不思議に思った。
「ありゃ、野次馬増えちまった。」
とカカシが苦笑いをし、初めてイルカは自分達が見られているのだと理解した。だがその理由には思い至らない。
おめでとう、ついにか、と声を掛けられ照れるカカシをイルカはきょとんと見上げていた。
カカシがイルカの両肩に手を置き、そういう事だからと衆人環視の中で唇を寄せてから、これは大変な事になったと初めて思うイルカだった。

それから里では、カカシとイルカの吸う煙草の銘柄に手を出す忍びがいなくなったとか。
売り上げが落ちたその会社は困って、二人だけのために新製品を開発したとか。
イルカの妊娠で禁煙した二人の許可を得て一般販売したところ、バカ売れしたとか。

紫煙を眺めながら思案するといい結果が出るんだ、と言い訳する者が増えたのかは知らないが。
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