「別にね、俺も吸うしね、女だからって差別はしないよ。まあ、妊娠を考えれば今すぐやめてほしいけど。」
左手で隣を叩きベンチに座れと促すカカシに、イルカは渋々と従った。
他の三人は入り口から動けなかった。進むも退くも叶わない状況だ。
しかし疲れただろうから座りなよ、と左右に空いているベンチを見て微笑むカカシは三人も帰さないつもりだ。この先何を言われるのか予想もつかないイルカは、自分の足の先を見詰めて息を飲んだ。
だがカカシは怒り出すでもなく、わざとらしい程ににっこりと笑って言った。
「イルカさん、お願いだから俺と同じ煙草にして。」
はい、とカカシはどこからかカートンで煙草を差し出す。
はあ、と受け取ってからイルカはカカシを上目使いに見て首を傾げた。
「いいですけど、何故。」
カカシは黙ったまま、イルカが手に持つポーチから煙草の箱を取り出した。そして同僚にも出せと指を動かした。
カカシの両手には同じ銘柄の煙草の箱がある。それをイルカと同僚は眺めていた。
「同じだよね。」
頷くのを促されているようだった。何かの陽動か、とイルカは眉間に皺を寄せて息をひそめる。
「あんた達が仲がよくていけない事はないんだけどね、こうやって同じ物を吸ってるのが俺は嫌なんですよ。」
「どうしてですか。」
同僚が身を乗り出した。
「君さ、俺がイルカさんを抱き締めた時に君と同じ臭いがするのをどう思うかな、って事です。」
穏やかなカカシの物言いが怖い。
ううっと唸り暫くの間考え込んだ同僚に、巻き添えくわせて申し訳ないとイルカは胸の中で手を合わせた。そして火に油を注ぐ事はないとは思うが答えはよく考えて間違うな、とも祈っていた。
「あんまりいい気はしないですね。これは外国産でアカデミーでもオレらしか吸わないし、知ってるだけで十人もいないし、余計に気になるかも。」
チョコレートの香りの煙が美味しそうだったから、と甘党ならではの理由だった。更には安価だし、と続く。
しかしイルカは同僚が『オレら』と言った時の、カカシのひくついた頬に不味いと奥歯を噛み締めた。話の流れから見てもこれは嫉妬だと判るではないか。
うぬぼれる訳ではないが、カカシは一年たってもイルカを変わらず、いや右肩上がりに愛してくれている。
同僚は自分だったらと恋人を思い浮かべ、申し訳ありませんと頭を下げた。
「え、あんたが謝る事じゃないから。カカシさんがそう思うだけで。」
イルカはカカシの膝に手を置き、力を籠めて牽制した。
「私が吸わなきゃいいだけの話ですよね。やめれば円満解決になるんですよね。」
同僚を庇う形になったが、イルカも度が過ぎるカカシに多少なりとも怒りが募る。受付員達も、関係がないのに監禁されてしまった。
そんな気持ちが見えたのか、カカシは縮こまる受付員達に悪かったねと片手を上げた。
「皆仲間だと思っちゃったらつい、ね。」
空気が柔らかくなった。イルカは三人に気を使い、カカシの手を引き帰ろうと扉を開けた。
ごめんね、と片手で拝み速足で喫煙室から遠ざかる。
職員室の前でカカシを待たせ、手当たり次第に荷物を鞄に突っ込み入らなければ脇にかかえ、まだ怒りをくすぶらせたままイルカはカカシと帰宅の途についた。

同棲してはいないが、殆どどちらかの部屋にいる。カカシはイルカに泊まりの任務や行事のためにアカデミーに泊まる事があれば、同じ一人になるならイルカのにおいのする部屋にいると言う。
ああ、犬並みに敏感な人だもんね。気になるよね。
思い当たり、イルカの頬が緩んだ。
イルカの部屋に微かに漂う煙草の残り香が、カカシよりも長く時間と空間を共有する他の男と同じだったら。
辛い任務も多いカカシには、理性と感情のバランスが取りきれない場合も多々ある。それを我慢して平静を装う事も、イルカは知っている。
「ずっと我慢してたんですね、ごめんなさい。」
歩きながらカカシの手を強く握った。思わず握り返したカカシは、返事に困って夕焼け空を見上げた。
「いや、そんな事は。」
ない、と続けられなかった。
イルカと知り合った何年か前から時折喫煙室で会っていたから、好きだと自覚した時点でも喫煙者だからどうという事はなかった。何よりカカシも里にいる間は三日で一箱を吸うので、一日十本だったり二本だったりとムラのあるイルカに何も思わない。
けれど。受付で並ぶイルカと同僚から同じ煙草のにおいがすると気付いてからは、二人の関係が気になり始めたのだ。それがお門違いだと解っていても日に日にその思いは募り、最近はイルカからそのにおいを消してしまいたいと思っていた。
しかし酒に弱くそちらに逃げられないイルカの苛々解消方法を、取り上げたくはない。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。