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七、温かな手
この店に私服で入った事はあるが、落ち着かなくてろくに見られなかった。まなみとならば親子に見えて安心だ。
「カカシ先生が欲しいの? 女の人に買ってあげるの?」
「俺が可愛い物が好きなんだけど恥ずかしいからね。皆には内緒なの。」
じゃあ二人の秘密ね。とまなみは嬉しそうにカカシの手を引いて店に入った。
「とうさま、これ可愛い。」
怪しい風体の忍びと幼女。多分カカシを知らないだろう店番の老婆に、親子だからとまなみは強調する。
カカシは店ごと買い占めたいと思ったが、その気持ちを押し留め一つだけを選ばせた。買ってもらう理由がないと渋るまなみに、イルカに許可を取ったと嘘を付いて。
店から出ると、まなみは袋からそれを取り出した。黒と白の猫の一対の小さな縫いぐるみはどうやら有名なキャラクターらしい。
「白いのはカカシ先生みたいだから、まなみの。黒いのはかあさまとあたしみたいだから、カカシ先生の。」
はいと手のひらサイズの黒い犬を差し出すまなみに、逆じゃないかと思いつつカカシは受け取った。
「これで寂しくないよね。」
泣きたい程に嬉しかった。カカシは素顔を晒していたら酷い表情をしている自覚があった。
ありがとう、と握った温かな手が握り返され俺もうロリコンでいいや、と眉が下がる。
家に寄れとまなみが手を離さない。おやつに洋菓子を買い、走るまなみを追い掛け家に着いた。
こじんまりとしているが、親子三人には充分な二階建て。隣のゲンマの家も初めて見た。
『ゲンマお兄ちゃん』はいつになったら解放されるんだろうねえ、とカカシは目を細めて眺めた。

壊れた部分に木材は新しく接がれ、形は元通りになったように見える。文字通りイルカが体を張った証だ。
まなみが写真や小物を持ってきては、カカシにこの五年近くを教えてくれた。人と話す事がよほど楽しいらしい。
「ただいま、まなみ。カカシ先生、申し訳ありませんでした。」
玄関からイルカの慌てた声がした。
まなみが走り出る。
あのね、あのね、と口を挟む隙もない程話し続けるまなみに頷きながら装備を解くイルカは、当たり前のように母親の顔をしていた。
「火影様に色々聞かれましたが、私には話す事がなくて堂々巡りで。」
髪をほどいて頭を振ると、イルカは再度カカシに礼を言った。
まなみにせがまれカカシは一緒に夕飯をとる事になったが、居心地が良くて悪い。人の家庭を盗み見している気分だ。
ずるずると長居をし、まなみが風呂に入る時に帰ろうとしたら、気配を察して裸で飛び出し泣かれて帰れない。
「あたしが寝るまでいてね、帰らないでね。」
しがみつかれては帰れないよ、とカカシは笑う。
「ゲンマはよくまなみを抱いてお酒を飲んでいたけど、最近はすれ違いが多くて。嬉しいんですね。」
カカシの膝で眠るまなみを二階に寝かせたイルカが、全部話すとカカシに向き合った。
「まなみの誕生日も来週なんで、私も父親探しを諦めようかと思います。」
青い目の男はまだ里外にもいるし。
「私、あの人が忘れられないだけなんだと思います。まなみの父親は解るんですが、判らないんです。」
「どういう意味なの。」
カカシはイルカが相手を想い続けていると気付いて失恋したが、改めて聞くと心は抉られたように痛い。しかし、それより先が知りたい。相手が知りたい。
拳を握り、話の先を促す。
「彼は、これが素顔ではないと言っていたんです。変化していたのでしょうか。」
「何故?」
「暗部、でしたから。」
どくりとカカシの心臓が大きく跳ねた。
「私は身元を隠して彼の世話をするように、と出る前に命令されました。私が不興を買ったら身内や回りに被害が及ばないように。」
「ああ、そういう事もあるかもね。」
カカシは声が震えていないかと気にした。
「身の回り全てを任せるというのは、つまり。」
夜の世話も含めてだと言われれば、下忍には死んでも断れない。戦場では常識は通用しないのだから。
「私は髪を切り、鼻の傷を術で隠してお化粧を習い、別人になりました。」
すん、と鼻をすすり上げながら肩を震わせるイルカは、細く小さい。
「偽名も考えましたが、ひと月半の間に聞かれる事はなかったので。」
それが『まなみ』という名前だったのだ。だが他の忍びにもそれで通した、思い出の名前。
「好きになって、お腹に命があると判って、…それは彼が帰った後なんですけどね。」
避妊薬はずっと飲んでいたが、その男を愛していると気付いて止めた。妊娠してもいいと覚悟した、十六才のイルカの心が求めていたのは『家族』だった。
「暗部が引き上げた後に任務が終わったのは、五ヶ月目でした。あの頃から強い子でしたねえ。」
懐かしむ目は二階を向いた。
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