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五、握る手
夕方の薄暗い空き教室から、髪を乱したイルカがそっと出てきた。髪を整え教室を振り返り、中の男にさようならと告げて小走りに去っていく。
後から出てきた男の目は青かった。
報告書を出した帰りにたまたま通りかかり、ゲンマに聞いていたその現場を見てしまったカカシは下唇を噛んで、闇雲に全速で遠くへと走った。
やりきれない思いを抱えたまま商売女に吐き出そうとした欲は、吐精できずに終わってしまった。
いつまで繰り返すつもりだとイルカに詰め寄りたい。父親が判らないのは自業自得だろうと言いたいが、イルカはゲンマにも何かを隠しているようだ。
「どうしたらいいもんかねえ。」
カカシは自分の心を自覚し、叶う事がない未来に泣きそうだった。
だけど、まなみがいるから。まなみを守るのも育てるのも、カカシにはできる。
そう思うと少し気が楽になった。ただ、雷のチャクラが気になる。あれは俺のものに、よく、似ている。
だがカカシは里の忍びに似たチャクラを持つ者がいない訳ではない、と思い直した。

服を捲り上げイルカの乳房を回すように揉む女が、首筋に跡を付けようと噛んだ途端に気持ちが冷めた。
同性だから感じる場所は同じだし気持ちいいからとなぶる事も許しはしたが、イルカは相手が女の時は受け専門で、よがる自分に興奮するのを不思議に思っていた。
「おしまいよ。言った筈、跡を付けたら殺すから。」
私は貴女に気持ちをあげられない。
演習場の草むらから立ち上がりイルカは八つ当たりでごめんなさい、と言い捨てて足早に逃げた。

「イルカ先生、お話が。」
イルカの物ではない香水と潤んだ目に、知らずカカシは顔を背けた。
「ではここで。」
アカデミーの職員室前でイルカを待っていたカカシは、何を話すのだと自分に問い掛けていた。纏まらない頭を冷やそうと踵を返す直前に、また交わった後のイルカが戻ってきたのだ。
練習用の忍具の保管室を指さし、イルカは先に入る。
「貴女、女もですか。」
「この間は男だったの、見られちゃいましたね。」
くすりと笑いイルカは片手で扉を撫で、結界を張った。
「上級ですね。」
「特上のゲンマ仕込みですよ。」
ああ、ものぐさなあいつらしい。とカカシは頷いた。
「まなみは私の乱交を知りません。」
自虐は止めてください、とカカシは震えるイルカの手を取った。
「あの子の父親を探し出して、どうこうするつもりはないんです。」
イルカはカカシの手を解かない。縋り付きたくても我慢している、とカカシは手に力を込めた。
「知りたいだけです。まなみには、五才の誕生日にとうさまの事を教えてあげると言ってあるので。」
「事情があるんだって、理解してるんですね。」
だが知るのが怖くて、慕うカカシを父親にしてしまえば聞かずに済む、とまなみは思ったのか。
「あの子がカカシ先生に独身かと聞いたのは、ちゃんとした家庭が欲しいからなんです。不倫の果てだったら、それは無理じゃないですか。」
「もし父親がそうだったら。」
カカシの言葉にんー、とイルカは天井を見上げた。
「死んだ事にして、後は野となれ山となれ。まなみに任せます。」
二人きりでも楽しいし、まなみが結婚しろと言うなら相手を探すし。
小首を傾げて淋しそうに笑うイルカに、カカシはきっと選ばないと思いながら名乗りをあげた。
「その時は、まなみが俺を推薦してくれるよ。そしたら俺は喜んで父親になる。」
カカシが握った手をそっと外し、イルカは結界を解いて戸を開けた。振り向き、お心だけいただきますと頭を下げて去るイルカはきっと、死ぬまでそいつを想い続けるのだ。
はっとカカシは顔を上げた。
ゲンマは父親が誰か判らないと言うイルカの言葉を信じたが、本当はイルカは父親に心当たりがあるのだ。だが何か理由があり、特定できていない。

カカシはゲンマを探した。居酒屋でいつか見た美女と飲んでいたゲンマは、その彼女に耳打ちして帰らせた。
「悪いね、これからお楽しみだったろうに。」
ゲンマの隣に座り、カカシは店で一番高額な酒を一本頼んでやった。
「持ち帰り可だぞ。」
「ういっす。俺、カカシさんのためなら、死ね…ませんがチャクラ切れの時におんぶ位はしますから。」
「いやそれ、いらない。」
笑って小突き合う気の知れた仲間はいいものだ。
「で、イルカが何かカカシさんにしましたか。」
「あの人さ、まなみの父親を知ってて探してるみたい。」
何ですかあ、とゲンマは立ち上がり皿やコップを床に落として割り散らかした。
片付けるからと怒られて、二人は隅のカウンターに移動した。
カカシは考えを全て話したが、うんうん唸りながらゲンマは頭の中で処理しきれず、酒に逃げてしまった。
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