4

四、伸ばされた手
「可愛い…。」
右目だけで見るのはもったいないと、カカシは写輪眼を剥き出しにし戯れる二人を凝視した。
ガタイのいい二十代半ばの上忍の男が実は可愛い動物や花が好きなのだとは、口が裂けてもイビキの拷問にあっても言えない。忍犬八頭に服を買って着せているところを見られたら、間違いなく首を吊るだろう。
カカシは小柄なイルカが膨らんだミニスカートを翻し、お揃いのミニスカートのまなみとスキップで一楽に入るのを見て、この期に及んで帰ろうかと悩んでいたその迷いをすっぱり捨てた。
イルカに嫌われないように、いや嫌われているから少しでも好かれるように、煩い心臓を抑えて。
「あ、カカシ先生だあ。」
わざとらしくまなみが暖簾を潜ったカカシを見付けた。
ぎくりと肩を揺らして、イルカが壁のメニューからカカシに目を移した。
「カカシ先生、こんばんは。…お一人でこんな店にいらっしゃるなんて。」
「おいおい、イルカ先生、こんな店って言い方はねえだろうが。」
店主のテウチが、がははと笑ってまなみにジュースを出してやる。
「いつもありがとう、おじちゃん。」
きちんと頭を下げてお礼を言うまなみの隣にカカシは座った。
「奢りますよ、イルカ先生。ちょっとお金が入ったのでお好きなだけどうぞ。」
昨夜一人で護衛任務を終え、依頼人から里への代金以外の指名報酬をその場で貰った。だからと上忍の気前よさを押し出したつもりが、イルカは悪い方へ意味を解釈した。アブナイ仕事をしたのだと。
カカシが暗部に所属し危険な任務をこなしていた事は尊敬するが、いかんせん第一印象が悪かった。今でも胡散臭いとカカシを避けている。
「そんなに構えないでくださいよ。俺、普通の人間ですって。」
アスマやガイに聞いてみて、とほんわり微笑まれてはイルカも居心地が悪い。
「カカシ先生、あたしとかあさまのお洋服見て。」
とまなみが間を取り持つように声を掛ける。
椅子に座るイルカの白い太股が先程から気になり、カカシは服などまともに見ていない。
が、見てと言われて目をやったイルカの開いた胸元が更に眩しい。
「あ、うん、か、可愛いね。」
イルカ先生は髪を下ろした方がいいです、と耳が赤いカカシにイルカもつられて頬を染めた。
でも、とカカシがイルカを見詰めごくりと唾を飲んだ。
「いえ、いいです。二人共可愛すぎます。」
慌ててメニューを見て野菜山盛りの醤油ラーメンを注文したカカシにまなみが聞く。
「先生は奥さんいないの?」
「うん、結婚する予定もないね。」
「じゃあ、かあさまとして。」
真剣にカカシに詰め寄るまなみにたじろいだ。だって、イルカは父親を探してる筈だ。この子は知らないのか。
イルカに目で問うと、人差し指を口許に当て軽く頭を下げた。まなみは何も知らないのだな。
「待ってまなみ、それはもっとよく知り合ってからでないとね。」
「そうだよね、カカシ先生のお顔をかあさまは知らないものね。」
すっとまなみがカカシの口布に指を掛け、素顔を晒した。カカシは止められなかった事に驚く。油断していても体が反応し、誰にも触らせなかったというのに。
「カカシ先生…の顔。」
イルカがカカシの顔から目を離さずまなみを拘束する。何してるのよ、とおざなりに言う声も小さい。
どこかで見たような。だが遥か記憶の底から浮かぶ顔は曖昧で、焦れる程に思い出せない。
いや、今はそこじゃない。
「かあさま、カカシ先生格好いいでしょ。」
「まなみ、人が嫌がる事はしないのよ。失礼でしょ。」
イルカが抑えた声で諭すとまなみはでも、と反論しようと口を開いた。
「かあさまに見てもらえばきっと、結婚したくなると思って。」
「そう、でもね。カカシ先生がお顔を隠すのは理由があるの。」
ですよね、とイルカが優しくカカシに微笑んだ。
噛み砕くようにまなみに説明してやるカカシも、イルカの笑顔に微笑み返した。
「上忍って大変なんだね。カカシ先生、命を狙われるって怖いよね。」
目に涙を溜めて本気で心配するまなみに、カカシは小さな怪我すら見せられないと思いながらそっと抱き寄せた。
「いい子に育てていますね。殺人兵器にならないように願います。」
いつからか、カカシはまなみの忍びの資質にイルカが怯えていると解ってしまった。
「いつか、俺ができる事はしてあげますよ。」
守っていいですか、と言うカカシに頷いたイルカは疼く胸に拳を当てた。
一人でまなみを守るのも限界に近付いていたのだ。どんなに抑えていても漏れ出すチャクラを、忍びだらけの職場では誤魔化しきれない。まなみも五才になるからアカデミーに入学させろ、と火影にも言われた。
特待生で飛び級卒業だと、多分火影の目は正しいだろう。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。