3

三、滑り落ちる手
「あいつに罪の意識なんかありゃしねえ。そりゃ何が悪いのかって言われれば、何も悪くはねえんだろうが…。」
くそっ、とゲンマが手元の小石を火に投げ入れると積んだ枝が崩れ落ち、火が揺れて一瞬強く燃え上がった。
「ある時随分と遠くに派遣されましてね、あいつ。」
あいつ、と言う言葉が柔らかいとカカシは微笑んだ。ゲンマは『兄』として心底心配なのだと解る。
「うん、それで。」
躊躇うゲンマを促してカカシは、聞いてやるよと火に架かったお湯で珈琲を入れてやった。
「大部隊だったから、毎晩誘いが来たと言ってました。」
俺は脚の怪我で行かれなかったんで、とゲンマは夜空を見上げた。
「その任務でイルカは妊娠したんですよ。知識が足りなかったんで、戻ってきた時には産むしかない状態でねえ…俺ね、相手は誰だってぶちギレちまって大隊長に噛み付いて、のされちまいました。」
それが十七になる頃だと聞いて、カカシは指を折って数えてしまった。
まなみがもうすぐ五才になるとすると…。
「あ、大部隊って、先代水影の交代に便乗したクーデターだよね。」
カカシはまだ暗部で尖っていた頃か、と思い出して少し笑った。ハタチになってなかったかなあ。
総勢何百かも思い出せない大所帯だったからか、イルカに会った記憶は全くない。
「あいつねえ、毎晩変化して知り合いに見付からないようにしてたって、そこまでして…。」
寂しさを紛らわせてたんですって。とゲンマは首を鳴らして伸びをした。
「そんな時代だったから、って言ったら駄目なんだろうけどね。俺も似たようなもんだったよ。今でもたまに生きてる意味が解らなくなって、適当な女で誤魔化してる。」
カカシが立ち上がったのを切っ掛けに火を消し、二人は眠るために暗闇に消えた。

カカシはゲンマから色々聞いたが、決してイルカを色眼鏡で見る事はなかった。愛情豊かに生徒達を、そしてまなみを育てているではないか。
報告カウンターに座るイルカの後ろでアカデミー生用の巻物を声に出して読むまなみが、入り口を潜ったカカシに気付いて駆け寄ってきた。
頭を触ろうとしたカカシの手は一瞬吸い寄せられふっと浮いて、パチッと小さく火花が飛んだ。
え、とカカシは目を剥いて手をのけた。まなみが雷のチャクラを持っている。
しょっちゅう触れていたのに気付かなかったのは、イルカの封印が強かったからか。
両手を握るとカカシの右手からまなみの左手に、そしてまなみの右手からカカシの左手へと微かに雷のチャクラが巡った。
「今日ね、かあさまとお揃いのお洋服を買うの。カカシ先生には一番先に見せてあげるね。」
夕飯は一楽だから来てね、と言われてもイルカには嫌われているようだし、行かない方向でいいやとカカシは頭を掻いた。
「来ないと泣くから。」
見透かされてカカシは困った。まなみは不思議と子ども嫌いの自分でも可愛いと思うし、甘やかしてしまうのだ。
「解ったよ、多分行けると思う。」
両手を上げて降参と言い、まなみを脚にしがみつかせながら報告書を出しにイルカの前に進んだ。
「カカシ先生、幼児誘拐は止めてください。」
少し声が固い事は承知しながらイルカはにっこり笑う。
「かあさま、カカシ先生ならあたしはいいよ。」
どよ、と周囲の空気が変わった。
ロリコンかあー、と遠くから上忍の笑いが聞こえる。女よけにちょうどいいか、とカカシはまなみを抱き上げてわざと頬を擦り寄せた。
それを間近で見て、ないわーとイルカは眉を寄せた。『ヤバイ人』認定に『変態』が加わった瞬間だった。
「だって可愛いし、ねえ。」
と言うカカシに気付けば、まなみが縫いぐるみを抱えている。まなみの髪のように真っ黒なほわほわした犬だ。
「うちの班からのお土産だから、気にしないでね。」
報告書には七班の任務とあるから皆が選んでくれたのだろう、貰っておくしかないか。とイルカは溜め息をついた。

早上がりのイルカは一度荷物を置きに帰宅し、私服に着替えてお揃いの服を買いに出ていた。
「かあさまのお洋服素敵ね。すっごく可愛い。」
「まなみと歩くんだもの、頑張っちゃったわよ。」
くるりと回ってミニスカートを翻すイルカは、まだ二十代前半の若い女の子だ。一人で歩けば男が声を掛ける程の魅力がある。
「夜のご飯はね、今日は一楽に行きたい気分なの。」
おしゃまさんなんだから、とイルカは笑う。
「んーかあさまもそんな気分かなあ。よし、今月はまだ行ってないからテウチさんに会いに行こうか。」
お揃いの新しい服を着て帰りたいとねだる娘に、イルカは頷きピンクのフリルをひらひらと、踊るように二人は道を歩く。
一楽の並びの本屋で立ち読みをしていたカカシは、二人に釘付けになった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。