一、小さな手
初めまして、と握手をした。
相手の顔もろくに見ずに手を握ったカカシはイルカの手の小ささに驚き、はっと顔を上げた。
ああ、この人ちっちゃくてリスみたい。
自分の部下になった三人の元教え子と並んでも変わらない、小さなイルカにカカシはくすりと笑った。
そのカカシの笑い顔にイルカは眉をしかめた。片目しか見えない怪しい男に、口布の下で笑われる覚えはない。ましてや男は纏う空気が怖い。
これはゲンマが言う『ヤバイ人』ではないかとイルカの頭の中で警鐘が鳴る。
「この子達を宜しくお願いします。 」
と言いながら、イルカは後ずさりをしていた。
「なあイルカ先生、オレ一楽に行きてえってば。」
下忍合格のお祝いをねだるナルトに、イルカはカカシをちらりと見て解散していないのに、と困った顔をした。
「いいですよ、もう終わりだし。」
優しい声にイルカはほっとした。見計らったように
「かあさまぁ。」
と走り寄る小さな女の子がイルカに抱き付いた。サクラがしゃがみ、その子の頭を撫でる。
「まなみ、久し振りね、また大きくなって。」
ナルトとサスケも構い始め、カカシは置いてきぼりの気分になった。
「あーカカシさん。ご無沙汰しております。」
のんびり歩いてくるゲンマに振り向くと、カカシは軽く手を振った。
「何お前、暇なの。」
「はい、今日は休みだったんで子守りです。」
とゲンマは輪の中の子どもを指して肩をすくめた。
「え、お前子持ちだったの。」
カカシの驚いた顔に大笑いして、ゲンマは否定した。
「まさか、隣の子ですよ。で、母親が幼馴染みのこいつ。」
「へえ、意外だね。お前ロリコンなんだ。」
それはないでしょ、とまた笑ってゲンマはイルカを見詰めた。
「イルカが生まれた時から面倒を見てましてね。あいつの両親が任務でいない時には、おむつと哺乳瓶を子どもの俺に渡してじゃあね、でしたもの。」
カカシの眉がぴくりと上がった。忍びの家系か。
「うちは母が下忍で結婚して辞めてますから、母から預かるって言い出したみたいっす。で、あの時も、預かってそのまま。」
言い淀んだゲンマは、狐の指文字をカカシに示した。
「それから色々荒れて大変で、中忍になって戦地から帰ってきたら、腹がふくれてんじゃないっすか。」
父親が判らないって、笑いながら泣いてました。とゲンマは思い出して溜め息をついた。
「んー戦地なら仕方ないけどね、彼女が避妊してなかったんじゃねえ。」
と言いながら、カカシは案外多い母子家庭の忍びを思い出す。
「ねえゲンちゃん、行こ。」
と下から見上げるまなみにゲンマは優しく笑い、これからご用があるんだ、と片隅に気配を消して立っていた美女と去って行った。
「じゃあ、おじちゃん。」
「おじちゃんてねえ、これ見て思うかい。」
カカシは注意が自分達に向いていない事を確かめ、しゃがんで口布を下ろしてにっこり笑った。
「あ、ごめんなさい。お兄ちゃん格好いいね。」
小さいながらも女なんだなあと、カカシは赤くなる子どもの頭を撫でた。
イルカにはあまり似ていない。髪は黒いがふわふわと広がり、イルカと同じ髪型だがまるでリスの尻尾のようだ。何かほのぼのする親子だね、とカカシは目を細めた。
目が青いのは父親譲りだろうか。だが青い目の男は木ノ葉の忍びにも沢山いるから、特定は難しいだろう。現に自分も青い。
途端にカカシの胸が跳ねる。あの頃、俺は避妊していなかった。いや相手の女は皆薬を飲んでいた筈だ。大丈夫、誰も名乗りを上げて来てはいない。
暗部の若い頃、避妊具を着けずに伽を命令した事がある。生まれていれば女達から責任を取れと詰め寄られているだろう。写輪眼のカカシという名前に釣られた女から。
動揺を隠したつもりが、小さな女の子に気取られてしまった。大丈夫だよと手を握られ、一緒に行こうと引かれる手にカカシは付いて行く。
「まなみ、かあさまと手を繋いで。」
イルカはカカシとまなみが親しくなる事を危惧した。危険だと告げる勘は滅多に外れない。その理由は終わってから気付くのだが、今回も胸の警鐘は鳴りっぱなしだ。あの時と同じ。
「かあさま、大丈夫?」
いつの間にかまなみが側にいた。手を握り見上げる我が子に悟られないように笑う。
「まなみ、チャクラを出さないで。かあさま痛いよ。」
ちり、と手に衝撃を受けた。イルカのチャクラは水だ。そしてまなみのチャクラは雷だ。
父親譲りだろうそれは、小さなまなみには扱えない量を体いっぱいに巡らせていた。
できる限りの術で抑えながらもたまに溢れるチャクラを、イルカはまともに受けてしまう。
忍びにしたくはないけどね、素質あり過ぎなのもどうかと思うわ。とイルカはまなみを抱き上げた。
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