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十六
イルカは病院からどうやって歩いたのか解らないままに帰宅し、畳に寝転がった。
壁のカレンダーに目が行った。カカシに会えずに二十日を数えたが飽きて避けられているのかと、諦めも顔を見ずにいれば次第に落ち付くものだ。
布団に入りたいと思いながら、面倒で畳の上で瞼を閉じて眠りに入る。ことりと窓が音をたてたが風かとイルカは気にしなかった。
「不用心だよねえ。襲われちゃうって言ってるじゃない。」
ベランダに靴を脱ぎ、服の埃を叩きながらカカシが入って来た。転がったままちらと見てイルカはカカシから目を反らした。
「どうしたの、拗ねてるの。」
カカシは気にする事無くイルカをひょいと抱えて胡座をかいた膝に乗せた。
「あの翌日から国境の紛争に応援で行かされてね、漸く戻れたんだよ。」
アスマも今頃紅の所に行ってるよ、とイルカの項に唇を寄せた。
「オレさ、誰も相手してないから溜まってんの。信じられないでしょ、でも本当に夜這い掛けられても勃たなかったんだよ。」
ねっとりと舌が首筋を這うと、イルカは息を荒く吐き始める。ベッドに移動して服を剥がされ、久し振りのカカシに体は簡単に絶頂に達した。
カカシは熱い粘膜に包まれながら、小さな違和感を感じていた。少し痩せたが腰はしっかり張ってふくよかに思える。膣道の重く絡むような締まりはカカシの全てを離さない。乳房も揉みしだく手を跳ね返すような弾力が有り、体中が吸い付くように気持ちいい。久し振りだからか、と違和感は一蹴された。
オレの物だ、イルカはオレだけが抱く。
そう繰り返しながら自分の上で果てたカカシの髪を撫で、イルカはひと粒だけ涙を流した。決して話せない。そしてカカシを離せない。
まだ足りないと四つん這いで後ろから貫かれながら、頭の片隅で悩み続ける。そんなイルカを余所見するなとカカシは乱暴に犯し、朝迄攻め立てた。
この日からカカシはイルカの部屋から任務に出て其処へ帰るように為った。居る限りは食事を共にし休日は主のように寝転がり、だが決して恋人とは認めず聞かれれば愛人と答える。
イルカもカカシの言う通りだと儚く笑う。カカシが飽きたら引き取りたいと言い出す者が後を絶たないが、カカシに聞いてくれと頭を下げる様子にカカシに捨てられた女達さえ同情した。イルカは本当にカカシだけを見ていたから。

胎児は成長し期限は容赦無く近付く。本で調べ妊娠初期に無理な性交で流産する場合もあると知り、イルカは毎日の荒い行為に其れを願いもした。

明日、病院へ。二週間前に予約は取ってある。決意を告げなければならない。と考えながら夕方の薄暗い廊下を歩き、上忍待機所に紅宛の書類を持って行くと紅にはひと目で見破られた。
「ねえイルカ、お腹のチャクラ、もしかしてカカシの。」
と詰め寄られ、空き部屋に連れ込まれて正直に全てを打ち明け泣いた。
いつの間にかアスマが二人を見下ろし話を聞いていた。無言で銜えていた火の付いた煙草を握り潰し、イルカの頭を軽く叩くと項垂れて去った。
「死んで来いや、馬鹿野郎。」
と呟いたアスマを振り返り紅は黙って去り行く背中を見詰めた。口を挟んではいけないのだろうが、何とかしてやりたいと焦れったい。
イルカは堕胎を望んではいないが、きっと明日そうしてしまうだろう。カカシはイルカを玩具か道具として見ているだけだ。
聞かなかった事にしてください、と縋られた紅は首を横に振った。明日は一緒に行くからとイルカの冷たい手を擦り続けた。
「イルカの人生だけど、あたしは関わりたいの。ね、側に居させて。」
優しいひと言に決意出来た。
カカシは明日の夜迄居ない。手術を終えて少し休めば帰れるというから、悟られる事も無いだろう。ただ暫く夜の相手は無理だから、手と口で我慢してもらおう。理由は、理由は…。
一人でひと晩泣いて落ち着いた。
初秋の晴れ上がった空はイルカの心を表しているかのようだ。病院の前で待ち合わせた紅に深く頭を下げてご心配をお掛けます、と礼を言った。
「吹っ切れたわね。カカシには任務の毒で、あたしが暫く面倒を見る事にしたってアスマから言ってもらう。」
涙ぐむイルカを抱いて病院に入る紅は一瞬、遥か彼方のカカシを思った。失って解るのかしらと。

説明を受け承諾書に名前を書いた。子の父親欄は空白で、中絶の理由は任務を続ける為。
もっともらしい理由は女医にも何か伝わっただろう、里子という手も有るのよ、と最後に聞かれたがイルカは断った。
「先生、この子のチャクラの強い遺伝は今でも判断出来るわ。父親そっくりなのよ、きっと外見も…。」
と紅が濁した語尾が女医を落胆させた。
歓迎されない、要らない子なのだ。
控え室で、看護師が無言でイルカに手術着を渡した。
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