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十五
うーん、と伸びをして目が覚めたイルカは、何故か隣に誰か居て此処は家では無いと事実の認識だけをし、疑問にも思わずまた眠ろうとした。
「イルカ、おはよう。」
酔っぱらって雑魚寝したかな、とアカデミーの仲間だと思い込んだが其れにしては距離が近く、何か変だ。起きて、と体を揺すられるが過ぎる程飲んだ翌日は休みだからもう少し寝ていたい。
だがぶちゅ、と音をたてて頬を吸われて瞬時に覚醒した。
「イルカって寝汚ないよねー。この前も油断し過ぎるし。」
「や、お褒めに預かり恐縮です。だから中忍のままですが、何か不都合でも。」
受付でも何回となく嫌みを言われて返す台詞を棒読みに、昨夜の恥態にカカシの顔が見られず布団を被る。
けれど時間だからと布団を剥がされひと月振りの忍服に手を通し、イルカは髪を纏めながら鏡台に置かれた髪紐を選べず躊躇した。
芸妓の部屋に鏡台が有るのは当然で、有れば自宅と同じく並べるのも当然で。
カカシが置いて行った青い髪紐も並べていた。カカシが其れを手に取り髪の根元に巻き付ける。ちょっと変わった結び方を問えば、何となくだと笑って誤魔化された。

裏口に全員が揃った。最後にカカシに手を引かれて現れたイルカは、好奇の目に居たたまれずカカシの後ろに隠れた。
一応この後半二週間の諜報の成果を持っている為護衛が付くのは良しとしても、何も配偶者やらが揃って迎えに来る程では無い。が話を聞くと、彼らは火影に言い置いて勝手に来たらしい。
手を握り抱き締めて離さない男達の嬉しそうな顔に、皆揃って帰れるのはイルカも嬉しいと微笑んだ。
なあお前、と一人がイルカの髪紐を差しカカシにそうなのかと問う。イルカの体を抱き寄せそういう事、と返したカカシに皆が驚いた。
其れは本来通過という意味を持つ結び方。追跡の際にこの道を通ったと後から来る者に知らせる為にチャクラを籠めた糸を枝に結ぶが、いつの間にか転じて自分の物だと誇示する時にも使うようにもなった。
また上忍には大隊長として印の旗色が割り当てられており、この濁りの無い青はカカシの色だ。
鏡で結び方がよく見えなかった為にイルカには解らなかったのだ。イルカはカカシの所有物だという意味に。

ゆっくり里へ向かう道すがら、馴染みの上忍の男はカカシに何故イルカなのかと聞いた。
「自分で育てた体だもんね、飽きる迄楽しみたいんだよ。」
笑ったカカシに眉を寄せた男は呟く。
「壊していい相手じゃねえぞ。」
「イルカも承知してるよ、オレが好きだからいいんだって。」
との言葉を聞けば更に辛そうな顔の男は黙り込んで恋人に寄り添った。
夕方里に着いた女達は、健康診断の為に検査入院と為った。里に無い菌を保有していれば、水際で食い止めなければならない。
無菌の個室で寛ぐ暇も無く、血を取られ尿を取られ内診問診とその日の内に一通りを済ませた。

翌日昼過ぎには結果が出た。異常無し、と聞いてイルカは肩で息を吐いた。だが廓で客と性交はしなかったかと聞かれ、勢い良く否定した。昨日答えた筈だ、客には触らせてもいない。
体調の変化には気を付けて、すぐ病院に来てくださいねと女医は念を押して退院させた。

夏休みを数日残して任務は終了した。急いでアカデミーの新学期準備に掛からなければならない。
ひと月寝食を共にした仲間達とは阿吽の呼吸が出来るように為ったと思う。だからか誰もカカシの事はイルカに聞いて来ないのでほっとする。
カカシにはあれから会っていない。部屋にも来ないので、其れだけの事かと切ないながらも忙しさに気が紛れ新学期が始まった。
今頃疲れが出たかとイルカは職員室で机に顔を着けて欠伸をした。食欲不振だと言う仲間に一緒だあ、と笑ってあの時いいもの食べ過ぎて太ったから元に戻せるんじゃないかと腕の肉を摘まんだ。

しかし半月たっても食欲は戻らず、胃炎か何かだとイルカは軽い気持ちで病院に行った。検査入院の時の女医が妊娠の可能性を告げ、尿を取り内診した。
妊娠。
迂闊だった。カカシが避妊していなかった事を思い出す。自分もそんな可能性を微塵も考えなかった浅はかさに汗が滲み出す。いつから生理が無かったかと逆算し、手が震えた。
あと二週間で堕胎出来なくなるから早く決めなさい、と地獄に落とされた。
茫然とするイルカの目を見てあの時もしやと思ったから、と女医は手を握ってくれた。
事情が有るのかもしれないけど、傷付くのは女なんだから。産むつもりは無いの、と聞く女医に多分捨てられたとイルカは嗚咽を堪えながら泣いた。
一人で産んで育てる事は叶わないだろう、相手はカカシだと知れている。カカシに打ち明けたところで子どもを盾に結婚を迫るか慰謝料をふんだくるのか、と罵られて堕胎させられる筈だ。
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