8

8 出産
雲の無い、青く澄んだ空。見上げると鳥が高く旋回している。ああ連絡だ、とカカシは見詰める。鳥の回り方で内容が理解できた。右回り、右回り、下降して上昇して、円を縦に描き。
「―っ、生まれる。」
と呟くと、側に居た下忍の部下達が先に走り出した。はっと気が付くと既に依頼人の農夫の元へ駆け寄り、済みませんが、と話し出している。
先生の奥さんに赤ちゃんが生まれるんです。続きは明日じゃ駄目ですか、と大声がカカシに聞こえた。
畑の草取りと消毒撒きだからかまわねえよ、早く行っておやり。と承諾を貰い、子どもらはカカシを急かす。
では、と好意を素直に受け取ってお先にと上忍の力を無駄に見せ付ける。煙と共に消え、残された三人は狡いと喚きながらも速度を上げて走って消えた。
カカシが病院に着くと、分娩室の前には既に人だかりが出来ていた。
「はたけさん、中に入って、早く。」
人だかりの中央が割れ、開いたドアがカカシを迎える。
陣痛の波を迎え逃し、苦しむイルカを見て、カカシは動けなくなった。正直、怖い。
女医に背中を叩かれ、我に還るが何も判らず突っ立っていると、手を握ってやって、と言われた。カカシが恐々とイルカの手を握ると、痛いほど握り返され、イルカの感情がカカシに流れて来る。痛い、苦しい、でも無事に生まれて来て、それだけが願いだから。
その強さに驚き、思わず体を引いてしまった。
母親は命懸けてんだからあんたも覚悟しなさい、と怒鳴られカカシは、今度は力強くイルカの手を握った。
どれほどの時間が過ぎたのか、イルカの足元で女医と看護師達が騒ぎ出し、カカシはいよいよ生まれる事を知る。
出て来るわよ、と女医がカカシにもっと強く手を握れと促す。カカシは祈った。どうか愛し子達よ、オレ達の所へ出ておいで。守ってあげるよ、怖くないから。
イルカの声が叫び声となり、やがて治まり産声が聞こえた。カカシがほうっと長い溜息を付けば、女医は笑ってもう一人よ、気を抜かないで、とカカシに声を掛ける。
生まれた子は直ぐさま処置され、風呂に入れられる。せめてひと目と思うが、それどころではない。続けてイルカから悲鳴にも似た叫びが上がり、二人目が出て来た事を知る。
カカシは人目も憚らず泣いた。こんなに苦しまなければならないのか。こうまでしてオレの子を産んでくれたのか…。
まだ朦朧としているイルカに、カカシはぐちゃぐちゃの顔で口付け、ありがとうとだけ言うと、その場にひざまづいて全身の力を抜いた。
奥から、タオルにくるまれた子ども達が連れて来られた。分娩台の上で体を起こされたイルカと、よろよろと立ち上がったカカシに、一人ずつ渡される。
「うわ…小さい。」
どう抱いたらいいのだろう。犬とは勝手が違ってくたくたしているから。
イルカは笑って、貸して下さいと空いている方の腕を伸ばした。両腕に抱えているのをあらためて見ると、カカシは本当に双子なんですねえ、と感慨深げに呟いた。
髪の毛の色が、と手を伸ばした一人は猫の毛のようにふわふわと白い。もう一人はつんつんと黒く立ち上がっている。
「先生、この子達の性別を伺ってませんでした。」
とイルカがまだ気の抜けた顔で女医を見ると、ケラケラ笑いながら、普通一番先に聞くものよと、こっちの子が、と白い髪の子を指し女の子で、こっちがと黒髪の子を指して男の子なの、と教えてくれた。
まだ目は開かずどんな顔かも判らないのに、カカシは絶対里一番賢くて可愛い子ども達だと言い張る。そして何処から取り出したのか、カメラを手に持ちイルカと子ども達を撮りまくった。その場で出来上がるインスタントカメラなので、次々と写真が溜まっていく。
ギリギリ未熟児ではないが標準よりは小さいから、念のため保育器に入らなければならない。だからこれを皆に見せてくるんだ、と写真の束を手にしてカカシは外の仲間達を気遣う。
歩き出そうとして足を止め、振り返り三人を見遣るとカカシは目を細めた。聖母の腕の中の小さな天使達。お前達がその小さな翼で運んでくれた幸せは決して放さないよ、ありがとう。
ドアに手を掛けたカカシの背に、イルカが子ども達に話す声が聞こえた。
「今からこんなじゃきっとパパには、あなた達がママより大事になっちゃうんだろうなぁ。」
えっ、パパだって。
カカシはドアの前で固まった。イルカはくっくっと押し殺した笑いを漏らす。今までカカシの呼び方を変えなかったのは、このためだったのだ。
駄目押しにもうひと声。
「カカシパパ。」
盛大に音を立ててカカシはドアの向こうに倒れ、きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえた。しかし双子はその騒ぎも何も知らずに、すうすうと寝息を立てて眠る。天使の笑みを浮かべて。
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