7

7 入院
「カカシ先生、お願いです。」
聞こえない位小さな声で、カカシは起こされた。
まだ明け方にも届かない夜の闇の中、イルカの僅かに緊張した声が寝起きの悪いカカシを一瞬にして飛び起こさせた。
「イ、イル―」
不安のあまり、上手く話せない。どうしたの。
今日という事は無いのですが、そろそろです。破水したら感染が心配なので、入院します。病院へ連れていって下さい、とやはりイルカも不安なのだろう少し体が強張っている。
慌ててカカシは着替えを始めた。
「引越しで無理したからじゃないんですか。」
きっぱりとイルカは首を横に振り逆ですよ、と裏表を間違えて服に首を通そうとしたカカシに手を添えてやった。
「あのね、予感はあったんです。」
体の調子はチャクラを整えれば大体判るじゃないですか。妊娠は初めてですから何となくおかしいなって程度なんですが、アタシも女ですからね。前兆は判ります。
そんなもんなんですか、と一生解らないだろうカカシは、イルカのお腹に手を当ててチャクラを流した。やっぱり解らない。とにかく急いだ方がいいんだろうと、イルカを支えて立ち上がらせる。
体はたいして重くはないんだけど、バランスが取りにくくて。どっこいしょ、とイルカはお腹に邪魔されて見えない足元に恐々と立ち上がって全身で息をした。
歩けるだけ歩きます、とイルカはお腹を抱えて玄関へ向かう。カカシは着替えなどを詰め込んだ大きな鞄を肩から下げ、おろおろと後ろから付いて行くだけだ。
病院までは、今のイルカの足取りではどれだけ掛かるだろう。我慢できずにカカシはイルカを抱き上げ振動を与えないようにゆっくりと、しかし大股に歩き出した。成人男性の死体を担ぐ事もあるのだからたいした事はないが、流石にそれは言えない。代わりに上忍ですからね、とだけ言う。何でもいいから、オレをこき使って下さいよ。
カカシの言葉にイルカが緊張を解いて笑ったのが、ただ嬉しい愛しいと思う。
病院に着いた頃、夜が明けた。こんな姿を誰かに見られたらまた大騒ぎされたかしら、とイルカは清く張り詰めた空気の中、朝日を眺めながら街の静寂にほうと溜め息を付いた。
待合室でイルカより落ち着かないカカシの手を握り、アカデミーの生徒に教えるように何度も繰り返す。まだ生まれませんから、落ち着いて。
当直医は産科ではなかったので、慌てて担当の女医が呼ばれる。太陽が街中を照らし、人々の声が聞こえるようになった頃に、女医が息を切らして現れた。
「貴女が気になって寝付けなくてね。漸くうとうとしてきたら呼ばれるんだもの、やっぱり危なかったかしらね。」
当たりです、と二人で笑って診察室へと入って行く。
置いていかれそうで、あう、と情けない声を出したカカシを見て女医は、お父さんは此処で待ってて、と言って手を振った。
ドアが閉まった音に自分を取り戻したカカシは、お父さんだって、と初めて呼ばれたその名称に羞恥を含んだむず痒さと現実味とがないまぜになり、頭を抱えてうずくまる。
うわーどうしよう、お父さんだって。
真っ赤になり、じたばたと一人身悶えするのはビンゴブックにも載る写輪眼のカカシである。
間もなくストレッチャーに乗ったイルカが診察室から出て来て、カカシに入院を告げた。ほんの少し子宮口が開き、子ども達が頭を下に向け胎動が緩やかになってきたから。と説明を受けても、カカシはやはり理解できない。眉間に皺を寄せ首を傾げると、イルカが子ども達は今出ちゃうと小さすぎるから、もう少しお腹に置いときたいんです、と教えてくれた。
「初産だし、あと十日位は私の医療忍術でもたせる事が出来るしね、頑張るから楽しみにしててよね。」
いっぱいいっぱいのカカシは女医に向かってお願いします、と膝に頭が着く程のお辞儀をした。
上忍という位が何の役に立つんだ、と悔しくて。せめて一人の男として、一家の主として、妻と子ども達を守りたい。そんなカカシに、忍び仲間達は以前にも増して心を砕いてくれるようになり、この時も高位で危険な任務を仲間内でこっそり分け、出来るだけイルカの側に居られるようにしてくれた。
また病院に向かおうとする道すがら、差し入れだと街の人や生徒の保護者から様々な物を渡される。カカシは必ずイルカ先生に宜しくと言われて、彼女はやはり聖母なのだと満たされた思いを胸に抱き、病院へと毎日向かう。
そして、月は満ち。
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