6 引っ越しと、
定期検診の帰り道、イルカとカカシは未だ空き家と為っている新居へと寄った。
妊娠九ヶ月。お腹の子達は順調に育ち、体の小さなイルカでも自然分娩出来ないかと、相談して来た所だったのだ。
保育器には入るけれど、未熟児ではない程度に育ったら早目に出しましょう。自分も若い頃は忍びだったと言う女医は、イルカが戦忍上がりで痛みに強い事を知っている。そして暗部時代のカカシが痛みに弱く、怪我をしたくないから腕を磨いた事も知っている。男って弱いのよねぇ、と笑って。大丈夫、ポンポンと出しちゃえば終わりだから、と自身も年子で三人産んで子育ての為に医療忍を引退したと云う女医の言葉には妙に説得力があって、心配性のカカシもうなづかざるを得ない。でも、と言えばならば出産に立ち会いなさいと一喝されて、里屈指の上忍は身を縮めた。
空き家のままの新居は、建築直後は建材の匂いや化学物質の影響がアレルギーを少し持つイルカに心配で、子ども達にも心配で、治まるまでと放置していたのだ。
二ヶ月もたてばいいだろうと、検診のついでに風を通しに来てイルカが見たものは、家中の家具やら子ども達の玩具やら。
まず玄関で、今すぐお客様を迎えてもいいように調えられている事に驚いた。そのままカカシに手を取られ案内されて部屋を見て回ると、全て生活必需品は揃っていたのだ。
いつの間に、とイルカは言葉も出ないまま、後ろからへばり付くカカシを振り返ると。
オレにはこんな事しか出来ません、と照れ隠しに口元の布を目まで覆うように引き上げる。貴女がオレの子を産んでくれる事がどんなに嬉しいか、言葉に出来ない分を此処に凝縮しています。勿論この家だけでは到底足りませんが。
そうしてイルカのお腹に赤ちゃん言葉で話し掛けるカカシに、呆れたようにイルカは微笑んだ。
本当に、不器用なんだね。
これからは何があろうと受け止めてあげるから、と改めてイルカは思う。そのイルカの手の温かさを、まるで聖母だとカカシは最近思うようになった。
そろそろ引っ越しをと部屋の整理を始めて、カカシはかつてイルカを天使と認めたあの本を久し振りにめくってみた。別のページに見付けたのは、処女懐胎をしたと云う清廉な救世主の母。妊娠してふっくらとしたイルカはカカシのなかで天使から聖母に格上げされた。そのイルカから生まれてくる子ども達が天使と呼ばれる事になるのは暫しのちの話で。
カカシはコピーではあるが聖母の同じ絵を探し出して来た。生まれたら子ども部屋に飾ってやろうと隠していた。子ども達を産んでくれて有り難うとイルカに感謝を籠めて。
全て揃った新居なら。
「ねえカカシ先生、引越しましょう明日。」
唐突なイルカの言葉にカカシは返事を忘れた。
「明日はね、日もいいんですよ。だから。」
きらきらと輝くイルカの瞳に、カカシはたじろいだ。何でいきなり。
「て、手続きとか、ありますし。直ぐには無理じゃないですか。」
と至極尤もらしい事を言うカカシに、イルカは朝から動けば何とかなるでしょう、と譲らない。
「カカシ先生、明日もお休みでしょう。アタシもうすぐ出産ですよ、退院したら此処に帰りたいんです。子ども達と、此処から始めるんでしょう、ねえねえ、カカシ先生。」
こんなイルカは珍しい。何かをねだったりなんかした事は一度もなかった筈だ。くすりと笑って、カカシはいいですよ、とイルカに口付けた。何となく引越し準備も出来ないまま出産は近付くし、と実は少し焦っていたのだから。
じゃあ、誰か手伝いを頼もう。カカシは昨日まで里の外にいたので、今日明日と休暇が取れていた。今日はイルカの検診に付き添ったけど、明日は何をしようかと考えていた。
ちょうどいい、部下達も暇な筈だ。鍛錬も言い付けてないし、今から頼んで回ればこの人の教え子達は、必ず集まるだろう。
イルカのアパートまでの道すがら、行き会った幾人もの今年の卒業生達に声を掛けられた。下忍になってあまり会えなくなったから、こうしてたまに会うとお喋りは止まらない。
カカシ先生、イルカ先生が幸せそうで私達も嬉しいんです。有り難うございます。と頭を下げられたのはカカシには初めてで、またイルカの人柄を再認識させられたのだ。
そして翌日、イルカのアパートには入り切らない程の子どもらが集まっていた。カカシもイルカも指示をする事なく、引越しは進められていった。手続きも何一つ怠る事なく、もしかしたらアタシより凄いかも、とイルカは感心するばかりだった。伊達に、下位の任務を引き受けてばかりではなかったのだ。
夕方になる前にアパートも引き払えて、新居で子どもらにお礼の食事が振る舞えた事が、出産前のイルカの最後の感謝の気持ちの表れだった。
定期検診の帰り道、イルカとカカシは未だ空き家と為っている新居へと寄った。
妊娠九ヶ月。お腹の子達は順調に育ち、体の小さなイルカでも自然分娩出来ないかと、相談して来た所だったのだ。
保育器には入るけれど、未熟児ではない程度に育ったら早目に出しましょう。自分も若い頃は忍びだったと言う女医は、イルカが戦忍上がりで痛みに強い事を知っている。そして暗部時代のカカシが痛みに弱く、怪我をしたくないから腕を磨いた事も知っている。男って弱いのよねぇ、と笑って。大丈夫、ポンポンと出しちゃえば終わりだから、と自身も年子で三人産んで子育ての為に医療忍を引退したと云う女医の言葉には妙に説得力があって、心配性のカカシもうなづかざるを得ない。でも、と言えばならば出産に立ち会いなさいと一喝されて、里屈指の上忍は身を縮めた。
空き家のままの新居は、建築直後は建材の匂いや化学物質の影響がアレルギーを少し持つイルカに心配で、子ども達にも心配で、治まるまでと放置していたのだ。
二ヶ月もたてばいいだろうと、検診のついでに風を通しに来てイルカが見たものは、家中の家具やら子ども達の玩具やら。
まず玄関で、今すぐお客様を迎えてもいいように調えられている事に驚いた。そのままカカシに手を取られ案内されて部屋を見て回ると、全て生活必需品は揃っていたのだ。
いつの間に、とイルカは言葉も出ないまま、後ろからへばり付くカカシを振り返ると。
オレにはこんな事しか出来ません、と照れ隠しに口元の布を目まで覆うように引き上げる。貴女がオレの子を産んでくれる事がどんなに嬉しいか、言葉に出来ない分を此処に凝縮しています。勿論この家だけでは到底足りませんが。
そうしてイルカのお腹に赤ちゃん言葉で話し掛けるカカシに、呆れたようにイルカは微笑んだ。
本当に、不器用なんだね。
これからは何があろうと受け止めてあげるから、と改めてイルカは思う。そのイルカの手の温かさを、まるで聖母だとカカシは最近思うようになった。
そろそろ引っ越しをと部屋の整理を始めて、カカシはかつてイルカを天使と認めたあの本を久し振りにめくってみた。別のページに見付けたのは、処女懐胎をしたと云う清廉な救世主の母。妊娠してふっくらとしたイルカはカカシのなかで天使から聖母に格上げされた。そのイルカから生まれてくる子ども達が天使と呼ばれる事になるのは暫しのちの話で。
カカシはコピーではあるが聖母の同じ絵を探し出して来た。生まれたら子ども部屋に飾ってやろうと隠していた。子ども達を産んでくれて有り難うとイルカに感謝を籠めて。
全て揃った新居なら。
「ねえカカシ先生、引越しましょう明日。」
唐突なイルカの言葉にカカシは返事を忘れた。
「明日はね、日もいいんですよ。だから。」
きらきらと輝くイルカの瞳に、カカシはたじろいだ。何でいきなり。
「て、手続きとか、ありますし。直ぐには無理じゃないですか。」
と至極尤もらしい事を言うカカシに、イルカは朝から動けば何とかなるでしょう、と譲らない。
「カカシ先生、明日もお休みでしょう。アタシもうすぐ出産ですよ、退院したら此処に帰りたいんです。子ども達と、此処から始めるんでしょう、ねえねえ、カカシ先生。」
こんなイルカは珍しい。何かをねだったりなんかした事は一度もなかった筈だ。くすりと笑って、カカシはいいですよ、とイルカに口付けた。何となく引越し準備も出来ないまま出産は近付くし、と実は少し焦っていたのだから。
じゃあ、誰か手伝いを頼もう。カカシは昨日まで里の外にいたので、今日明日と休暇が取れていた。今日はイルカの検診に付き添ったけど、明日は何をしようかと考えていた。
ちょうどいい、部下達も暇な筈だ。鍛錬も言い付けてないし、今から頼んで回ればこの人の教え子達は、必ず集まるだろう。
イルカのアパートまでの道すがら、行き会った幾人もの今年の卒業生達に声を掛けられた。下忍になってあまり会えなくなったから、こうしてたまに会うとお喋りは止まらない。
カカシ先生、イルカ先生が幸せそうで私達も嬉しいんです。有り難うございます。と頭を下げられたのはカカシには初めてで、またイルカの人柄を再認識させられたのだ。
そして翌日、イルカのアパートには入り切らない程の子どもらが集まっていた。カカシもイルカも指示をする事なく、引越しは進められていった。手続きも何一つ怠る事なく、もしかしたらアタシより凄いかも、とイルカは感心するばかりだった。伊達に、下位の任務を引き受けてばかりではなかったのだ。
夕方になる前にアパートも引き払えて、新居で子どもらにお礼の食事が振る舞えた事が、出産前のイルカの最後の感謝の気持ちの表れだった。
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