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帰還
嘘、とイルカは座り込んでしまった。そしてありがとうございます、と小さな声で何度も繰り返しながら、ぼろぼろと涙をこぼした。
二度と会えないって覚悟してたから何だか気が抜けちゃって、と涙を袖で拭いて真っ赤になったイルカの笑顔は、カカシがいなくなってから見た事がない程輝いていた。
「さあおうちに帰ってお掃除して、あぁお父さんの食器とか布団とかもいるわよね。」
お母さん落ち着いて、と子どもに頬を引っ張られて我にかえり、イルカは恥ずかしいと笑った。んなもん帰って来たら考えれば、と呆れる子に手を取られ、立ち上がって家に向かう。
アパートの前で立ち止まった息子があれは誰だ、と眉をしかめたその先には、見たような若い男が立っていた。
あれ、どこかで、とイルカが考えている間に帰って来たか阿呆親父、と叫びながら傍らの幼子が走り出し、頭から男の胸に飛び込んだ。
どんと音がする程の衝撃にも笑って男は子どもを受け止め、思い切り抱き締めた。
てめぇ、生きて帰ったか、と乱暴な言葉遣いと裏腹に、小さな腕は父の首にしっかりと回されている。暫く二人は黙ってお互いの温もりを確かめ合っていたが、呆然としたままのイルカを思い出し、二人同時に振り向いた。
あ、同じ顔。
「ただいま、イルカ。」
ああ、カカシさんが帰って来るんだった。カカシさん、本当にカカシさんなんだ。
手を広げたカカシに向かってイルカも飛び込んだ。長いこと見詰め合うだけの両親に痺れを切らした子は、恥ずかしいから家に入れと玄関を開けて二人を促した。
忍び足で部屋に進むカカシに自分ちだぞ、と笑う息子はその側を離れようとしない。余程嬉しいのかと、イルカは邪魔をしないように黙ってお茶の支度をしていたが、声がしないのを不思議に思い居間を覗いて驚いた。
千羽鶴を抱え込んでカカシが俯いている。その肩が震え涙を堪えているのが判ると、イルカはカカシの背に額を付けてお疲れ様、と小さく言った。息子が話してくれたんだ、と背中を通してカカシの声が響いた。
「もう今日からは折らなくていいんだ。俺はここにいる。」
あの子の成長を願った年齢分の筈が、折っているうちにいつの間にか貴方への想いの分に変わっちゃいました、と笑うイルカの目は笑っていなかった。離れ離れの年月の苦労を思いカカシは、代わりに俺が家内安全を願って死ぬまで毎日鶴を折ってやろう、と冗談のように言ったがそれは実際息子が巣立つまで、息子に馬鹿にされながらも続いた。
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