5 新居
イルカの妊娠も安定期に入り、以前よりも制限される事柄が減った。なによりアカデミーで授業が出来るのが嬉しい。少子化が進み、兄弟姉妹がいない子ども達に命の芽生えを教えられる絶好の機会だと、イルカは張り切っているのである。
しかしカカシは、二人入って見る間に大きくなってゆくイルカのお腹がとにかく心配で、一週間以上掛かる任務は極力断ってイルカにへばり付いている有様であった。気が付けばいつの間にか、カカシはイルカの部屋で寝泊まりしていた。
カカシの持ち家は一戸建てで部屋数も充分あったが、里の中央からは忍びの脚で三十分程掛かる森の近くに建っていた。イルカはそこに住んでもいいと、思っていたのだが。
妊娠が判明してから、それも双子だと知ってカカシは里の近くに家を買おうかとイルカに持ち掛けたが、堅実で節約を日々の楽しみともしているイルカには全く興味の無いものであった。
「今は要らないですよ。子ども達がある程度成長するまでこのアパートでも構わないですし、歩けるようになったらカカシ先生のおうちに住めばいいじゃないですか。」
だってアカデミーが遠くなるでしょう。
訓練だと思えば。
何も無い所ですよ。
自然の中で思い切り遊ばせたいし。
田舎で危険かも。
忍びですよ。それに忍犬何匹いるか知ってます。
でもオレが心配なんです、とカカシに泣き付かれ結論の出ないまま、その話は終わった筈なのに。
イルカはこの日アカデミーの帰りに、いつも通り買い物をして帰宅した。直ぐ夕食の支度を始めて、出来上がった頃にカカシ先生は帰って来るから。
時計を見ながらばたばたと洗濯物を取り込んだり、お風呂を沸かしたり。カカシが居たらさせてもらえない事ばかりだ。里の誇る上忍様に風呂掃除をさせるアタシって、何て酷い嫁なんだろうね。クスッと笑いながら、味噌汁の味を確かめ支度をほぼ終えたと、イルカは辺りを見渡した。
と、音も気配も無く背中に張り付く影は相も変わらず欝陶しい。イルカはカカシの髪をわしわしと犬にするように、乱暴に撫で付けた。それをうっとりとされるがままのカカシは、ただいまとイルカに口付けると、手を引いて座敷に向かい合わせに座らせた。
「買っちゃいました。」
何を、と覗き込んだ書類は権利書と書かれている。土地と家屋の。
あれからもずっとカカシが家の事を言うのを、イルカは黙って聞いていた。そのうち諦めるだろうと思っていたのにねぇ。
「空き家なんてありましたっけ。」
と住所を見て、あの辺かな、と思い浮かべるが判らない。
「建てちゃいました。」
子どものように破顔するカカシは、イルカに誉められるのを待っている犬そのものだ。
ああ、なんてこの人馬鹿なんだろう、とイルカはカカシを抱き締める。
此処より少し外寄りに、アカデミーから十五分。自然公園もある住宅地の、売れ残った端っこの土地。何で此処売れなかったんでしょうね、とそのまま無理矢理連れて来られた場所には、周りの新築住宅の倍以上の大きさの家が一軒。路地の一番奥で、直ぐ裏には暗く寂しい林が繁る。
やっぱり怖いからかしら、とカカシを見上げ、イルカはでも子ども達の遊び場にちょうどいいじゃないですか、と忍びらしい考えを言う。アタシ鬼ごっこしたいです。はい、オレもそう思ったんでこの林も買っちゃいました、とカカシは屈託が無い。
半分冗談だったのに、とイルカは口を開けたままカカシの顔を見詰め、二の句が継げない。
大丈夫、即金にしたらかなり安くなりましたから。
いや、論点はそこじゃないんですけど。馬鹿だ、やっぱりこの人大馬鹿だ。
「はい、鍵です。貴女とオレの分。子ども達の分も用意してあります。」
チャリン、と鳴る鍵の束から取って掌に乗せられた、新しい鍵が一つ。開けてみて、と促され震える手で鍵を開け、二人で中に入る。
この家で、皆で歴史を作りましょう、と言うカカシの声は気持ち強張って聞こえた。
うなづいてイルカは、有り難うございます、と頭を下げる。
「アタシは、本当に幸せです。怖い位、こんなに一度に全てが手に入るなんて。」
夢だったらどうしよう。嘘じゃないよねほんとだよね、とイルカはカカシに縋り付きわあわあと、声を上げて泣き出してしまった。
オレの方が貴女に幸せを貰ってるんですよ。こんなオレを受け入れてくれた貴女を、一生全身全霊をかけて守り抜きますから、とのカカシの呟きはイルカの泣き声に消されたが。
夜の帳が降りて、イルカの泣き腫らした顔が闇に紛れて判らなくなるまで、二人は新居の玄関のたたきに座り続けていたのだった。
イルカの妊娠も安定期に入り、以前よりも制限される事柄が減った。なによりアカデミーで授業が出来るのが嬉しい。少子化が進み、兄弟姉妹がいない子ども達に命の芽生えを教えられる絶好の機会だと、イルカは張り切っているのである。
しかしカカシは、二人入って見る間に大きくなってゆくイルカのお腹がとにかく心配で、一週間以上掛かる任務は極力断ってイルカにへばり付いている有様であった。気が付けばいつの間にか、カカシはイルカの部屋で寝泊まりしていた。
カカシの持ち家は一戸建てで部屋数も充分あったが、里の中央からは忍びの脚で三十分程掛かる森の近くに建っていた。イルカはそこに住んでもいいと、思っていたのだが。
妊娠が判明してから、それも双子だと知ってカカシは里の近くに家を買おうかとイルカに持ち掛けたが、堅実で節約を日々の楽しみともしているイルカには全く興味の無いものであった。
「今は要らないですよ。子ども達がある程度成長するまでこのアパートでも構わないですし、歩けるようになったらカカシ先生のおうちに住めばいいじゃないですか。」
だってアカデミーが遠くなるでしょう。
訓練だと思えば。
何も無い所ですよ。
自然の中で思い切り遊ばせたいし。
田舎で危険かも。
忍びですよ。それに忍犬何匹いるか知ってます。
でもオレが心配なんです、とカカシに泣き付かれ結論の出ないまま、その話は終わった筈なのに。
イルカはこの日アカデミーの帰りに、いつも通り買い物をして帰宅した。直ぐ夕食の支度を始めて、出来上がった頃にカカシ先生は帰って来るから。
時計を見ながらばたばたと洗濯物を取り込んだり、お風呂を沸かしたり。カカシが居たらさせてもらえない事ばかりだ。里の誇る上忍様に風呂掃除をさせるアタシって、何て酷い嫁なんだろうね。クスッと笑いながら、味噌汁の味を確かめ支度をほぼ終えたと、イルカは辺りを見渡した。
と、音も気配も無く背中に張り付く影は相も変わらず欝陶しい。イルカはカカシの髪をわしわしと犬にするように、乱暴に撫で付けた。それをうっとりとされるがままのカカシは、ただいまとイルカに口付けると、手を引いて座敷に向かい合わせに座らせた。
「買っちゃいました。」
何を、と覗き込んだ書類は権利書と書かれている。土地と家屋の。
あれからもずっとカカシが家の事を言うのを、イルカは黙って聞いていた。そのうち諦めるだろうと思っていたのにねぇ。
「空き家なんてありましたっけ。」
と住所を見て、あの辺かな、と思い浮かべるが判らない。
「建てちゃいました。」
子どものように破顔するカカシは、イルカに誉められるのを待っている犬そのものだ。
ああ、なんてこの人馬鹿なんだろう、とイルカはカカシを抱き締める。
此処より少し外寄りに、アカデミーから十五分。自然公園もある住宅地の、売れ残った端っこの土地。何で此処売れなかったんでしょうね、とそのまま無理矢理連れて来られた場所には、周りの新築住宅の倍以上の大きさの家が一軒。路地の一番奥で、直ぐ裏には暗く寂しい林が繁る。
やっぱり怖いからかしら、とカカシを見上げ、イルカはでも子ども達の遊び場にちょうどいいじゃないですか、と忍びらしい考えを言う。アタシ鬼ごっこしたいです。はい、オレもそう思ったんでこの林も買っちゃいました、とカカシは屈託が無い。
半分冗談だったのに、とイルカは口を開けたままカカシの顔を見詰め、二の句が継げない。
大丈夫、即金にしたらかなり安くなりましたから。
いや、論点はそこじゃないんですけど。馬鹿だ、やっぱりこの人大馬鹿だ。
「はい、鍵です。貴女とオレの分。子ども達の分も用意してあります。」
チャリン、と鳴る鍵の束から取って掌に乗せられた、新しい鍵が一つ。開けてみて、と促され震える手で鍵を開け、二人で中に入る。
この家で、皆で歴史を作りましょう、と言うカカシの声は気持ち強張って聞こえた。
うなづいてイルカは、有り難うございます、と頭を下げる。
「アタシは、本当に幸せです。怖い位、こんなに一度に全てが手に入るなんて。」
夢だったらどうしよう。嘘じゃないよねほんとだよね、とイルカはカカシに縋り付きわあわあと、声を上げて泣き出してしまった。
オレの方が貴女に幸せを貰ってるんですよ。こんなオレを受け入れてくれた貴女を、一生全身全霊をかけて守り抜きますから、とのカカシの呟きはイルカの泣き声に消されたが。
夜の帳が降りて、イルカの泣き腫らした顔が闇に紛れて判らなくなるまで、二人は新居の玄関のたたきに座り続けていたのだった。
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