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緋の章
森乃の親分が、その雪乃丞を知っているのは意外だった。
あら、アンコさんのお陰かしら。イルカの呟きは親分の顔を赤くさせた。仁王像のようにごつい男に全く似合わない、可愛いいいなづけがいるのだ。先日もその芝居に連れて行かれて、女だらけの中で恥ずかしい思いをしたらしい。
「もしかしたら、あの髪。火影様。」
「これ、その名は言うでない。」
湯飲みから顔を上げて、イルカはそっと二人を見た。火影、その名を聞くのは二度目だ。両親の葬儀で聞いたのを記憶している。だが自分が触れていいような話題ではない事は解るから、聞かない振りをする。
「イルカ。」
突然親分の顔が間近に近付き、イルカは思わず後ずさる。何でしょう。
「お前さんもその賊には気を付けろ。」
別に怖い事はないのなら、枕元に立とうが構わないけど。と笑うと、二人は困ったように顔を見合わせた。
「のうイルカよ。お前、誰ぞ好いとる奴はおらんのか。」
唐突な三代目の言葉にへ、と妙な声が出た。いえ別に。かぶりを振って、でもまだ忘れられない人がいた事を思い出す。まあ、もう二度と会えないんだから、わざわざ言う事もないかしら。
「おじいさま、あたしもそのお芝居を見たいんだけど。」
とおねだりの仕種をしてみれば、眉が下がり祖父としての顔が僅かに覗くが、また面倒を起こされてはかなわぬと、是との返答は躊躇われるようだ。
「だって明日、楽日だからって誘われたんだもの。サクラといのとヒナタに。ねえ、いいでしょう。」
可愛らしく祖父の袖を引いて、上目使いにもう一度。駄目押しがきいて、三代目は懐から財布を取り出した。
「ありがとう、おじいさま。」
イルカはしてやったりとほくそ笑むが、親分はそれを見逃さない。年下の子らに慕われるのをいいことに、何か企んでいるのがばれた。
「アンコも連れていけ。」
「はあい、アンコ姉さんなら安心ですものね。」
承知したのは、アンコなら噂も早いと知っているから。この話をもっと知りたいのだ。
ではサクラ達に知らせて来るとイルカが腰を上げると、二人は手代のゲンマに行かせろと、声を揃えた。
また勝手に出歩く気だろうと言われて、図星だと肩が揺れた。仕方ないから、今日は諦めて明日の着物でも考えていよう。
店先の定位置に戻り、イルカは賊の事を考える。明日の芝居も楽しみだけど、その若者に会ってみたい。誰を探しているのか聞いてみたいと。
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