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薄紅梅の章
昼過ぎになり、まずヒナタが番頭を伴って海野屋を訪れた。反物屋の娘という事で、番頭は商談がてら送り届けた訳だ。
次にサクラが、やはり番頭と共に現れた。簪などの高価な装飾品を主に扱うため、上得意である。
遅れずいのとアンコはきゃらきゃら笑いながら店に入り、しばしちり紙入れや手拭いを見ていた。この店は回船問屋本来の運送業だけではなく、他国の珍しい物も売っている。従姉妹同士である二人は、祖母の還暦の祝いの品を探していたのだ。
いのは、海野屋の臨時雇いの男達の常宿と定められた、宿屋の娘だった。近隣の農家の出稼ぎの者達は、毎年半分を此処と海の往復で過ごすので、もう家族同然となっていた。イルカは、父や兄が何人もいる環境で育ったようなものである。
早く行かないといい席が取れないんじゃないの、とイルカがせかすと、サクラが既に桟敷を取るために店の者を行かせてあると言う。
おやまあ、手際のいい事。とアンコがこんぺいとうを摘みながら笑う。さて行きますか、と腰を上げながらも皆おやつは手放さない。
小屋の前には贔屓からの旗がたなびいて、見れば有名なおいらんや大きな商家の名が入っている。
うちも贈ったの、とヒナタが言うのは、衣裳の反物をどっさり買い上げてくれたからだと。小屋は小さくとも役者と芝居は本物だと評判は良いらしく、衣裳にも手は抜かないのだろう。
そこそこに良い席に座れた。少し遠目ではあるが両袖に花道もあるので、役者が見せ場でそこへ出てくれば構わないかという程度だ。
まず笑いをとる小芝居が始まった。間に一人ずつ紹介が入るのは上手く出来ていて、早くもおひねりが飛ぶ。
幕間に茶が出て来たのには驚いたが、お世話になります、とアンコに挨拶したのは、親分が小屋を見回ってくれるからである。こうした小屋はやくざが用心棒と称して木戸銭を掠め取るものだが、海野屋三代目のお陰でそれはなくなった。しかし流れ者が騒ぎを起こすのも日常で、森乃の親分がいなければとうに小屋は潰れていただろうと、感謝されている。
わあっと客が騒ぎ、いよいよ始まるのだと解った。とにかく素敵なんだから、とアンコが姿勢を正す。
口上もなく唐突に幕が左右に開いた。板つきで娘とその親らしき男が立ち、身分違いの恋を咎める所から始まった。話が進み、相手の若者が登場すると黄色い声が一斉に飛ぶ。本当にいい男、とイルカが見惚れた途端、既視感に襲われた。
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