12

男の捜索は進まず、五日すぎ十日すぎても候補の一人も現れない。
だが半月たって木乃葉屋に泊まった一人の男が、蒔絵職人だと宿泊台帳から知れた。
イルカが女中に紛れて顔を確かめれば、男は夢の中の顔のような気がしたが定かではない。日がたって記憶が薄れてきたからだ。
「イルカ殿、どうなのだ。」
カカシの焦る気持ちが、イルカを追い立てる。
「多分…そうかな、と。」
そうだとは思うが、そうだとは言いきれない。
「ならば聞きに行きましょう。」
カカシはさっさとアスマに話をつけて、その男に会う事にした。今すぐでも良いと返事が返り、イルカはカカシの後ろに隠れるようにしてその男の部屋を訪れた。
男は商売道具を広げて手入れをしていた。珍しい物に二人の目は釘付けになる。
「それで、お侍様が何をあっしにお聞きになりてえんでしょうか。」
はっと顔を上げたカカシは、印籠の絵付けの事でと隠さずに話し出した。
「昔の話だから、覚えていないかもしれないが。」
「お嬢様の事か…国で世話になっていたのさ。」
歯切れの悪い男は何かを隠している。カカシはただ聞きたいだけだと、少額だが食事代には多目の金を男に差し出した。
それを受け取るのを躊躇していたが、やがて男は黙って懐にしまい込んだ。
「そのお嬢様の為に印籠を作ってやったのか、それだけを聞きたいのだ。」
「ああ、あっしは絵が仕事だが印籠も作れない事はないから。一人でやれば大分安くつくしな。」
「そうか。もう一つだけ聞いても良いか、嫌なら答えなくていい。」
男は道具を片付け始める。逃げようと思ったのか。
「何が聞きたいんだ。」
「うみのという名は江戸では聞いた事はないが、お国はどちらか。」
男は手を止めカカシを見た。そして目を逸らして、また片付けを再開した。
「美濃ですよ。古くからの由緒ある家で、宇美濃と名乗られているそうだ。」
美濃、意外だ。しかし何がしかの政略があるのならばあり得ない事ではない。そして嫁入り直前に他の男の子を孕めば…美濃に帰る事もできないだろう。
カカシは邪魔をした、と立ち上がった。イルカも立ち上がると、そこで男は初めて後ろに隠れていたイルカを目に止めた。
「お嬢様?」
イルカが振り返ると、男が口を開けたまま腰を浮かして見詰めてくる。
「あたしが何か…。」
座り直したイルカを、男は黙ったままじっと見ていた。
「んな訳ねえよな。宇美濃のコハリ様が、生きていらっしゃる筈がねえ。」
「お前は、その方が亡くなった事を知っているのか。」
カカシの顔色が変わる。やはり亡くなっていたのかと、ぺたりとだらしなく座り込んだ。
「コハリ様という名前は確かに、探している方の名だ。」
松田に難が降り掛からないように、イルカにさえ名は伏せていたから知る者は松田の配下数人だけだ。
「イルカ殿が隠していたのはこの事か。最初から、貴女の様子がおかしいと思っていたのだ。」
イルカは頭を畳に擦り付けた。
「お許し下さい、最後まで確認してからお話ししようと思ったのでございます。」
探す母娘のどちらかは既に死んでいると確信があった事を、そして子供の目からも母らしき者が切られて絶命したと見えた事を、話さざるを得なかった。
「あ、あんただ、お嬢様のお子様はあんただ。」
指をさされて、イルカは指先から血の気が引くのを感じていた。
「コハリ様そっくりなんだ、お嬢様が生き返ったみたいだ。」
突っ伏して男が泣いた。声は出さなくても、悲しむ様子は解りすぎる程に解った。
男が泣き止むのを待って、カカシが疑問を口に出した。
「何故、コハリ様が亡くなったと断言できる。」
「あっしは、できあがった印籠を長屋に届けに参りました。美濃のお屋敷とはあまりにも違う暮らしだったもので気になって、ひと月程後にまた覗いてみたのです。」
辻斬りに合い亡くなった、葬儀は五日前に終わっていて子供は隣町の番屋預かりでやたらと会いにも行かれない。
そう聞いて、何かしてやれた筈だったと悔やみ続けて年がたったという。
「私の主が話して下さった内容と同じだ。」
カカシは男に更に金を渡し、自分以外が近付いても何も話さないようにと言い含めた。
松田が江戸に来た時には、美濃の話を聞かせて欲しいと頼む事も忘れない。きっと主君は喜ぶだろう。
「あんたはお嬢様のお子なんだろう?」
聞かれて、イルカは黙って首を横に振った。
「あたしは木乃葉屋の娘です。」
「嘘だ、そっくりなのに。」
男は尚も縋るように食い下がる。もう話したくないと、イルカは部屋から逃げ出した。
だがすぐにカカシが腕を掴んで、イルカを捕まえた。
「母屋に戻って話を聞かせてくれ。」
カカシの声音が固い。
両手を、包み込まれた。
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