11

「貴女は、自分があやかしだと思われるのですか?」
「いえ、あたしは…素性も知れぬ身ですからそれは解りませんけれど、でも。」
こんな力を怖がる人がいるのも事実だし、木乃葉屋の誰とも血縁はないと知っていたから。
「あたしは何故か小さな頃から、皆とは他人なんだと知っていました。アスマ兄さんと紅姉さんは、あたしの面倒を見るために自分達の子を作ろうとしなかったんです。」
知ってた、とカカシは呟き遅れてその意味を理解した。さっきから思考が追い付かない。
気付けばもう隠れなくて良いのかと、動かない筈のモノ達がカカシの周りに寄ってきている。それを驚かない自分に驚く。
「申し訳ないがその話はまた後で聞くので、先に夢見の結果を聞かせてくれませんか。」
決して薄情な訳ではありませんから、と力を籠めて付け足して。
「はい、あたしも畠様を困らせるつもりはございませんので気にしないでください。」
イルカの寂しげな笑いにカカシの胸はつきりと痛んだ。自分の身元が解らないなんてそこらじゅうに転がる話ではあるが、イルカの場合は特殊な環境だから。だから、…何なのだ?
カカシに何がしてやれる。
「私が守ってやれる。」
俯いていた為に、言葉はイルカに届かなかったらしい。
「畠様?」
「いや、何でもない。さあイルカ殿、お話し願いたい。」
頷くとふうと大きな息を吐き、イルカはゆっくり思い出しながら話し出した。
「お若い頃の松田様がおいででした。畠様とあまり変わらない年頃だと思いました。」
うんうん、とカカシは聞き漏らしのないように真剣だ。だが主君が夢に出てきたなら母と娘の事もすぐ解るだろう、と楽観的に思ってもいた。
「松田様の周りでご不幸があったような、それから奥方様と、その…言い争いをなされているところも見えました。」
カカシはそんな事も解るのかと驚き、核心に迫る夢見にじっとりと汗が滲む額に気が付かなかった。
「いきなり変わりまして、長屋に松田様がおいでの様子が見えました。」
「長屋。」
カカシにも覚えのある、あの長屋の事だろうか。
「井戸の周りに花が植えてあって、子供が遊ぶ為の土の山が奥の二つの棟の間にある。」
記憶を口に出せばイルカの目が大きく開かれた。
「私は父と、何度かその長屋を訪ねた事がある。」
父は松田様の命で食料を届け、自分は赤ん坊の世話をする為に。
「間違いありません、夢にも出てきました。」
腰を浮かし両手を畳に着いたイルカは、カカシに向かって身を乗り出した。
「そ、そうか。」
イルカの顔が迫ってきてどきどきする。帯に挟んだ香袋の甘い香りがカカシに女の性を意識させて、逃げる為につい顔を背けた。
「イルカ殿、落ち着いてください。」
まあはしたない、と袖で顔を隠しイルカは座り直した。
今回の自分の夢見が、なかなか結論が出ない事に焦っているのだと言う。ゆうべの夢も切れ切れで、松田の欲しがっている情報には辿り着けなかったとイルカは先に告げた。
「それでも貴女が見た全てを、話してください。」
最悪の結果ならもう悩まなくていいのだと、松田が娘から貰った印籠を大事に両手で包み込んだ光景が忘れられない。二人にはまだ何もしてやれなかったから、このまま死んでは成仏できない。と松田は自嘲しながら若造のカカシに話してくれたのだ。
「印籠が、」
心を読まれたかと、はっとカカシが顔を上げてイルカの言葉を待つ。
「お大名様方のお印を描ける職人は、そう多くはないのですよね?」
「ええ、許可が要ります。」
「その娘さんが松田様のお印を頼めたという事は、」
何を言うのか、とカカシは訝る。
「その娘さんは職人と顔見知りで、またそれを頼める立場にある方だったのでは。」
長屋暮らしになっても実家に縁を切られても、職人はお姫様に恩義があって引き受けてくれたのではないか。
「あたしの考えなど、馬鹿らしいと思われるでしょうが。」
そうだ、印籠は二人が殺される少し前に贈られたと聞く。小振りではあるが、松田様の他の印籠にひけはとらない作りをしていた。
「あれは私が見ても良い物だと思う。そうだな、そちらもあたってみようか。」
蒔絵の絵師らしい職人の顔が見えたから付いて行きたい、とイルカは頭を下げたがイルカが襲われたらとカカシは承知しない。
とうとうヒルゼンに聞くと飛び出したイルカを抑える事ができずに、話は大きく膨らんでしまった。宥めてもすかしても聞かないイルカの為に、アスマとイビキも供に従えて探し回る事になった。
昨今は町人もお洒落として印籠もどきを持ち、多くは小間物店に置いてある。聞き回れば個人の下請けが思ったより多く、一日目にして計画は頓挫した。結局イルカの見た人相に近い者を探す事から始める。
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