13

カカシの手が、緊張で冷えた指先を温める。じんじんと痺れるその感覚は痛いのに、離せなくてイルカは俯いてカカシに従った。
「ゲンマ殿は聞いていただろう、お嬢さんを落ち着かせる為に母屋に戻るから。」
ここでは知り合いではない事になっているから、と突っ立っているゲンマに他人行儀に言うとカカシはイルカの手を握ったまま歩き出した。
「承知しました。」
廊下を曲がる時にちらと見たゲンマは次にどう動くかを察して口の端で笑っていた。
部屋の中の職人を見張る者に誰か当たりをつけたようだ。安心してイルカを守れると、カカシはイルカの手を強く握り直した。
問屋も兼ねていた商家の作りは、玄関の上がりかまち横からも土足で台所と蔵へ出入りできるようになっている。
今日も休憩の為に置かれた隅っこの畳に誰かが寝ているだろうと、ナルトがサスケを引き摺るように上がり込んでいる。何だかんだと超過勤務になる者はまっすぐ帰る気力もなく、ひと休みして帰宅するのが通例となっていたからだ。大概は子供の相手などしてくれないが、それでも人がいるのは嬉しいらしい。
「イルカ!」
二人の気配で玄関に顔を出し叫んだナルトを、サスケが抑えて近寄らせない。
「待て、今は駄目だ。」
睨み付けてナルトを黙らせる。何かを感じた二人に、イルカは困ったように後でねと力なく笑った。
「良い子達だな。」
カカシも申し訳ないと思うが、こちらを優先しなければならない。
イルカの部屋に入り、びたりと障子を閉める。
俯いて立ったままのイルカをカカシは見ていられず、前に回り震える体をそっと抱き込んだ。
「カカシ様、」
「黙って。」
疚しい気持ちはありませんよ、と感情を抑えて胸元にイルカの顔を軽く押し付ける。化粧が落ちるのは我慢してもらい、まずは落ち着かせようと最近の流行りものの話を話し始めた。
「…で、別の娘に渡す香袋をこれが欲しかったのだろうと言ったそいつは、頭から茶を被って戻りましたよ。」
「まあ、熱かったでしょうね。」
誰をなじる訳でもなく、イルカはただその話についての感想を述べて笑った。困ったような笑い顔に、カカシはげすな話に失敗したと頭を抱えたくなった。
「ありがとうございます。あたしはもう大丈夫です。」
そっとカカシの胸を押し、衿元や髪に手をやる仕草が可愛らしくも艶がある。
「では、お話し下さいますか。」
カカシに促されて、イルカはゆっくり話し出す。
「先程の事は、多分…あの方の仰る通りでございます。」
イルカは夢の全てを話してはいなかったのだ。
ほぼカカシの記憶通りイルカは母と二人だけで長屋で暮らし、誰かが訪ねてくるのを楽しみにしていた。綺麗な着物の若い男がイルカに向かい、父が来たよと手を伸ばす。
今のナルト達位の男の子は一日イルカの相手をし、その子が帰る時には連れていけと泣いた。イルカの周りの者達とは違うカカシのような異人の顔つきと髪の色、いや小さなカカシ。
「後はご存じのように、お父様に育てていただきました。きっとお父様は、番屋から仔細を聞いておられる筈です。」
それが証拠となれば。
ふと、カカシは疑問を持った。
「貴女がコハリ様に似ておられるなら、何故松田様は気付かなかったのだ。」
職人はすぐ気付いたのに。
「実は夢見の際はいつも狐のあやかしに頼んで、あたしの姿は別人に見えるようにしております。」
恨まれ殺されるかもしれない、利己的な理由で拐われるかもしれない。
「ならば何故あの時、私はそのままの貴女が見えていたのだ。」
カカシには狐の幻術が効かなかった。だから小鬼が夜中に行灯の火を消し、カカシを眠らせ幻術の掛け直しを試みたのだが。
「何故でしょう、もしや縁者にあやかしが…。失礼しました、そんな事はございませんね。」
「いや、私のこの容姿だからあるかもしれない。」
家系図を紐解いてみても先祖の出自は全て明白で、異人の血は一滴たりと混じってはいない。容姿は父方の祖母から父もカカシも受け継いだと聞かされたが、祖母も早死にしているし祖母のまた前にも同じような容姿の者がいたのか聞いた事はない。
「もしそうなら私は嬉しい。」
「は?」
「イルカ殿と同じものを見て、知って、分かち合えるからだ。」
「何を酔狂な。」
目を伏せゆるゆると首を振るイルカは、カカシの気持ちが解らないらしい。好いた娘の孤独に寄り添い支えられるなら、本当に嬉しいのに。
「あやかしが私を認めてくれれば良いのだな。」
何を言い出すのだと驚いて、イルカはカカシの顔を見詰めた。
「ま、それは後にして。猿飛殿はどこまで知っておられるのか、本当に松田様のお子様がイルカ殿だと気付いておられないのか。」
真実は伸ばした腕の先に、ある、筈だ。
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