10

台所の土間から上がった広い板の間には、男ばかり二十人はいただろうか。何故かその中でも一番屈強な男が飯をよそっていた。
「おう、お前さんがイルカお嬢様に夢見を依頼なさった方のお付きか。随分若いが…ふん、頭は回りそうだ。」
傷だらけの坊主頭はよく見れば、ぐるりと縫い痕が回って所々ひきつれてもいる。身体中盛り上がった筋肉といい目付きの悪さといい、用心棒としては大正解だろう。
「私は畠と申します。暫くはこちらに通う事になると思いますので、どうかお見知りおきを願います。」
皆に聞こえるように言うとへえとかほおとか、カカシの容姿に驚いたような声が聞こえてきた。からかわれるのだろうか、とカカシの肩に力が入る。
しかし彼らは手招きして、一緒に飯を食えとカカシの座る場所を空けてくれただけだった。訳ありばかりだから気にしねえよ、と誰が呟いたかは判らない。
いつの間にかゲンマも輪の中にいた。目が合うと笑ったのは、何か収穫があったのだろう。
「おはようございます。」
小さな女の子の声に、男どもが口々に挨拶を返す。
カカシが振り向いて見ればナルトやサスケよりは幾らか大きな、それでもまだ下働きには早いような子供だった。いや上等な着物だ、家は裕福だと思った。
隣に座るアオバと名乗った男が、アスマの嫁の妹の子供だと教えてくれた。嫁の紅は三十間近に漸く初めての出産となり、大事をとって実家に帰っている。高齢出産でも隣が高名な医者だから安心なのだ。
それでも嫁いだ家が、というよりアスマが浮気をしないか心配で毎日姪っこに様子を窺わせているとの事だった。確かに女が寄っていくだろう、とカカシは昨日少し話しただけのアスマを思い出した。
「サクラ、こちらに来てご挨拶をしなさい。」
「はぁい、イビキさん。」
坊主の名はイビキ、経歴は知らないが戦の経験が豊富らしい。と、また誰かが教えてくれる。
カカシへの自己紹介だけでも頭の良さが判るサクラは、まだ七才だというのに顔付きは大人に見えた。いそいそとイルカに朝飯の膳を持っていくサクラは嬉しそうだった。
「サクラの家も商売をやってるからな、イルカお嬢様が娘のたしなみを色々教えてやってるんだ。」
何故やたらと私に絡んでくるのだろう、ここの者達は。とカカシは笑って対応する自分もそれが嫌ではない事に気付く。
カカシが言い淀めば話を変える、彼らは分をわきまえる事をよく知っているからだ。だから木乃葉屋は繁盛するのだ、と一人カカシは納得した。
サクラが空の膳を持ち帰り、カカシにお呼びですと声を掛けた。
イルカは夢で何かを見たのだろうか、知りたくてカカシは知らず早足になった。
イルカの部屋の外で立ち止まり、息を乱している自分に笑う。落ち着け、とカカシは肩の力を抜いて廊下に膝を付いた。
「イルカ殿、畠でございます。宜しいでしょうか。」
「はい、どうぞ。」
迎えるイルカの笑顔に胸が高鳴る。だが夢見の話をしなければならないのだ、邪念は切り捨てなければ。
カカシが部屋に入り障子を閉めるとあ、とイルカが声を上げた。
「外の風を入れたいので、開けておいて下さいますか。」
朝は少し冷え始めたが、澄んだ空気が気を引き締めて気持ちいい。カカシは左右の障子を開け放し、何気なく外を見た。
庭に誰かの気配がある、と気付いたカカシは思わずイルカを庇える位置を確認した。
隠れているようだが植え込みを揺らし、くすくすと笑うそれは三つ四つ。見付けて欲しそうな、まるでかくれんぼだとカカシは眉を寄せた。無駄な緊張だったと息をつき、むすりとした顔になるのは仕方ないと思って欲しい。
「…イルカ殿、庭にいるのはお知り合いか。」
ナルトやサスケのように遊びに来た子供だろうか。
「すみません、どうも畠様が気になるらしくて。でも嬉しそうですわ。」
「子供ですか?」
いえその、と言い淀んだがイルカはやがてあやかしですと聞こえるか聞こえないかという小さな声で答えた。
「は?」
と聞き返したカカシはあやかしという言葉の意味が、自分の知っているあやかしなのか不安になった。
九十九神や小鬼が住み着いているのだと、イルカはあっさりとしているがカカシは化け物屋敷かと少し気味が悪かった。
「出てらっしゃい。」
ぴしりとイルカが言えば、はあいと間延びした甲高い声があちこちから聞こえた。そして西洋の燭台が二本足で歩き、聞いていた姿とは違うがカカシの手に乗る位のいかつい顔の鬼が笑っていた。思いがけない可愛らしさに、カカシは先程気味が悪いと思った事を先入観として恥じた。
夢見はこんな事もできるのかと驚くカカシに、イルカは解らないと首を横に振る。自分が人ならぬモノだったらどうしよう、とぽろりと溢してイルカは俯いた。
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