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十月 その三
まだ夕方の日差しの残る時刻からの宴会は、こども達が家に帰る時間を考慮して始められたものだったから、大人達は酒を控えていた。アルコール度数の低いものは出されていたが、飲ん兵衛達には水と同様でしかない。
ひと晩貸し切りだからいつもの閉店時間よりは融通がきくからね後で飲み直しよ、と紅の鼻息は荒い。
お前は飲めりゃいいのか、とアスマは冷めた目をするが、実は紅はアスマの為にと、自分で選んだ酒を何本か持って来ていた。
乾杯の合図で始まって、暫くこども達の忍術を使った手品紛いの出し物で楽しい時間が過ぎる。
その間にもイルカの料理は次々と失くなり、女将と二人で作る先からまた食べられて、イルカの座る時間は全く無い。
カカシは調理場に一番近い席なので、二人の様子を時々覗いては、忙しくだが嬉しそうに立ち働くイルカにそわそわしている。早く座ってくれないかな、でもこんな姿も見ていたいし。うん良い奥さんになるよな、と思ってつい『奥さん』という言葉に反応し一人であたふたしていた。
あんまり頻繁にカカシが覗くものだから、流石にイルカも気付いて声を掛けた。
「カカシ先生、お料理足りませんか?」
いきなり振り向かれたカカシはその笑顔に胸を刺し貫かれて動けない。顔が熱くなるのが自分でも解って、それを見られないように俯き
「いえ、イルカ先生全然休憩しないし、食べてもいないでしょう。なんか俺達だけ楽しんじゃって悪いかなって。」
といつもの横柄な態度はどこへやら、大きな体を小さくしてまるで叱られたこどものようにさえ見える。
有り難うございます。気にかけて頂いて、私はそれだけでいいんです。とまた微笑まれて、カカシは腰が抜けそうになる。
後は最後に鍋なので、下ごしらえをしたら行きますとイルカが言うと、女将が野菜を切る位ならやっとくから少し楽しみなさい、と手に持った包丁を取り上げ背中を押した。
ほら連れてお行き、とカカシに声を掛ければカカシは慌ててイルカの手を取り、調理場から座敷までの短い距離を先導するように歩いた。二人の背中に女将は、男を待たせる事が出来る女ってのが本当にイイ女なんだよねえ、と感心したように呟きを落とした。
「迎えに来させるなんて最高だよね、この娘。」
座敷に戻ってからカカシはイルカの席が無い事に気付いた。最初から座りもせずに働いてくれていたのに。
カカシは末席に居たので、幸い角なら座れると判断し自分の座布団を与え座らせて、まず軽い酒を用意し飲んでいてと言い置いて、残った料理の食べられそうなところを集めて来る。
これがあの、写輪眼のカカシなのかとイルカはちょっと可笑しい。こんなにしてもらったら私、カカシ先生の彼女に恨まれちゃうな。
何度もういいからと言ったか判らない。その度に待っててとかもう少しとか、生返事ばかり返すからイルカはする事も無く、酒を飲む位しかなかった。
カカシが席に戻って来るとイルカは疲れもあって、酔いが回って眠そうにしていた。卓の角で額を突き合わせるようにして、カカシは今日の礼を言った。計画立案から中心になって動いたのだろう事は、想像に難くない。こんな女だから、カカシは惚れたのだと思う。
背が高く男のような立ち振る舞いのイルカだが、男言葉も乱暴な仕草も作られたものだと最初から判っていた。だって似合わないでしょう?と何かにつけ男っぽく振る舞うのだが、逆効果な時もあるのをイルカ自身は知らない。
今気が緩みしどけない様子のイルカは、紅よりも色気があると言ってもいいだろう。
天然、それは恐いもの知らず。そうしてどれだけの男が血迷った事か。勿論筆頭はカカシだが。
「カカシ先生、私にこんなに親切にしてるの彼女に知られたら大変ですよぉ。」
酔って口が滑ったイルカに、カカシは驚いた。…鈍過ぎる。がっくりとうなだれて、カカシは力の抜けた声で否定する。
「そんなのいません、噂を信じてますか。」
とイルカを見遣れば
「だって受付で。」
と、わざわざイルカにいつもカカシが迷惑掛けるわねえ、と牽制する女の話をした。
しまった、とカカシは自分に呆れる。近付いてくる女達を、その時の気分で適当にあしらっていた事もあったのだ。過去の事だが、自業自得だ。
思い切って言う。
「俺の素顔を見せたのは、あの時の貴女だけですってば!」
無駄に力を籠めても、眠い頭には入らない。んん?と首を傾げて微笑むイルカの手に、カカシは勢いで何かを握らせた。開いてみればそれは鍵。何だろうと追い付かない頭で考えていると、カカシはこれから少し里を離れます、うちの植木鉢と怪我をして休ませている忍犬の世話をお願いします、と手を重ねて言って掻き消えた。
それを見ていたアスマと紅は、いつまでも大笑いしていたのだった。
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