5

十月 その二
アスマがそれこそ捕獲された状態で着いたのは居酒屋だった。
よく行く小さな、しかし居心地のいい店は、貸し切りの札が下げられて皆を待っていた。
こども達が一斉に駆け出して行った後に残されたのは、大人達とイルカに手を握られたナルトだけ。その大人達もうなづき合い、アスマとカカシを残して店に入って行った。
再度何事かとアスマはカカシを睨むが、待ってろとひと言で片付けられ、アスマは憮然とした顔が更に厳しくなった。周りをうろつくナルトのまだ変声期前の高い声が煩い。
「なあなあ何だってんだよ、教えてくれよぉカカシ先生、なあ。」
カカシの腰にへばり付き、駄々をこねるように体を揺らす。いやこれは立派な駄々だ。カカシは我慢しきれずナルトの頬を摘むと
「お子ちゃまだねえ。お前は幾つだ、ひとつか?ふたつか?いつまでイルカ先生を困らせてんだよねぇ。」
と今度は頭を拳でぐりぐり押さえ付け、言葉の後半の、イルカの話題はナルトの事ばかりだと云う嫉妬を当人にぶつける。
それを見ていたアスマはお前ら二人ともお子ちゃまだと、じゃれあう犬を横目に、それに付き合わなきゃならない自分を憐れんで溜め息をついた。
突然店の引き戸が左右から引かれ全開になると、カカシはアスマとナルトを中へと押しやった。
二人が一歩中へ足を踏み入れた途端、前後左右から花吹雪が舞い、一面の花畑が広がっていた。立ち止まった侭二人は動けない。徐々に花が消え、居酒屋の店内の景色が戻って来たところで、ナルトがすげーすげーと騒ぎ出した。こんな綺麗なの見たこと無いってばよ。ああ、そうだな。
紅が幻術で作り出した風景は、アスマすら感動させたようだった。
大きな拍手が沸き上がり、おめでとうと声を揃えて二人を祝う。
声も出せずに固まった二人に、遅くなったけどお誕生日のお祝いをしようと思ったの、と女の子達が口々に言うので、やっと理解できたナルトは真っ赤になって泣き出し、アスマは照れ隠しにその背中を抱いて黙って摩ってやっていた。
さあ席に着いて、とイルカと紅がそれぞれ指示を始め、店内は漸く落ち着いた。
奥の座敷を幾部屋も繋げて皆思い思いの席に座ろうとしたが、駄目駄目主役はこっちに座るの、とナルトとアスマは上座のふかふかの座布団に座らされて皆の注目を浴び、もしかしたら生涯で一番恥ずかしい思いをしたかもしれない。
女の子達が決めていたらしい座席表を見ながら一人ずつ席に座らせていった。
長机をコの字に並べた中央に主役が二人、その両脇に向かい合わせに祝う者達が並ぶ。中央が開いているのは料理の配膳の為とかなり工夫してあり、この祝いの席を用意するのによくナルトに気付かれなかったなと、アスマは感心していた。ちょっと目が痒いぜ、畜生。アスマがそっと目を擦ると、隣の角に座った紅がさりげなく小声で
「ナルトがね、アンタの帰りを待って一緒にやりたいって言って、あの子のお祝いを中止にさせたんだからね。」
と今日の理由を告げる。また切なくなり隣のナルトを羽交い締めして、今日は楽しくなりそうだよなと、アスマはふざけてごまかしたのだった。
その席から一番遠い端にカカシは一人座っていた。向こう側の端はガイで、どうもこども達の面倒を見る役割らしいと気付いた。だがそんな事はどうでもいい。イルカの姿が見えない事に苛々していたし、人が多いのは好きじゃ無いしと周囲を見回せば、居酒屋の女将とイルカが仲良さそうに笑いながら料理を運んで来た。
「これは全部イルカさんの手作りですよ、あたしはお手伝いしてるだけですからねえ。」
と大声で凄いでしょうと言って、うちに引き抜き掛けてんだけど素っ気ないんだから、と冗談だか本気だか判らない。
うんうん、とうなづいてホントにあの肉じゃがは旨かったよ、と同意したカカシに注目が集まり、静寂が一瞬訪れた。
何故カカシがという呟きと、ありえねーという叫びと、思惑は様々なようだったが、イルカは慌てて、先月のカカシの誕生日に贈り物も用意出来なかったので、と言い訳をする。ほら私料理好きだから皆にも作ってるじゃない。
しかしいくらカカシだからとは云え、イルカが今まで男一人を家に呼び朝まで一緒に過ごした事など無いのだ。ましてや、幻のイルカの肉じゃが、を食べたたった一人の男となれば。
やっぱり私なんかがそんな事しちゃいけなかったのかな、カカシ先生の周りの女の人達に怒られちゃうかな、とイルカは見当違いな事を考えていた。
恋愛に関しては敏感な年頃の、此処に居るこども達は二人のすれ違いの恋を知っていたから、鈍いイルカとイルカにだけ純情なカカシに焦れていたとしても。もはやこどもの領分では無かったが、それは許されるだろう。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。