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十月 その一
遠くから自分を呼ぶ声に、アスマは振り返った。
下忍のこども達が道の向こうから、虫のごとくわらわらと集まって来る。何事かと片足を後ろに引き、逃げる体勢になったアスマの背中にどんとぶつかったのはカカシだった。
「よう髭、任務お疲れ。久しぶりだね。」
いきなり気配も無く現れてしかも後ろを取られ、いくら里内だからと云って油断しすぎでしょ、と。
「ったく、何だよカカシ。」
平常心という言葉を心で唱えながら、アスマは火の点いた煙草をカカシの顔で消そうと押し付ける。
それを指で払い除けて飛ばし、カカシはちょっとねと目だけで笑った。
「そういやあ、あの後直ぐ俺は里を出ちまったから知らねぇんだけどよ、イルカとどうなったんだよ。」
「何がさ、熊。」
アスマは次の煙草を手にしながら、カカシの背中を勢い良くはたいてにやりと笑い
「おめえの誕生日だあよ。」
と意味ありげに小声になった。
しかしカカシはしかめっ面になり横を向くと、不機嫌そうに何も無いと強く言い捨てた。
おや照れてる訳でもないようだし、こいつにしては珍しく本当に何も無かったのか、とアスマは黙ってカカシの次の言葉を待っていた。だが、カカシはもうそれ以上言う事は無いとばかり話題を変える。
「今日明日はお前暇だよなぁ。ちゃんと調べてあるからな、解ってんだろ。」
そう言ったカカシの手はアスマの腕を掴み、離すものかと力を籠めて近付くこども達を待っている。
「アスマ先生、お帰りなさい。」
と瞬速で走って来たにも拘わらず息が切れていないいのとサクラに、確実に成長している事が窺え、アスマもカカシも自分達の指導の成果だと、心の中で自慢したりもする。
集まったこども達の後ろからは紅にイルカにガイに、と大人達も見え、何事かとアスマはカカシを振り返る。
まあいいからと、カカシに腕を取られた侭アスマは歩かされ何処かヘ連れて行かれる。逃げないようにとご丁寧にガイまでももう片方の腕を取った。
紅とイルカはこども達に囲まれながら、楽しそうにきゃあきゃあ笑う。行くわよ、と号令を掛ける紅にイルカは少し躊躇うように、強引じゃないですかと言うがやはりいいからと腕を取られて、こうでもしなきゃ来る訳ないでしょあの馬鹿が、とちらりとアスマを見遣り、何事かを二人で囁き合い笑いはしゃぐ様子はやはり年頃の女のコだった。
そのイルカをじっと見詰めるカカシは、本当に愛おしいという目をしている。
しかしカカシは、自分の誕生日にイルカと密室に二人きりで居たと云うのに、ただ二人して昼寝をしていただけで、手を出すどころか告白さえ出来なかったのだ。いくらイルカが鈍いとはいえ、手を握ったり話があるとカカシが顔を晒したりしたのに。俺には興味が無いのかなぁ…と溜め息をつくのもこのひと月の日課だった。
イルカは自分の魅力を知らない。若く美しいと云うだけでなく頭も良く、話せばもっと惹かれていく、人としての輝き。
だがカカシも自分の魅力を知らない。イルカがカカシの忍びとしての頭脳と技量だけでなく、人柄の良さにも恋をしている事を。加えてひと月あまり前に見てしまった素顔は整っていて、男らしく精悍だった。けれど私はただの元担任、こども達が居なければ話す機会も受付だけだし。
あの日、寝過ごした事に気付いたのは午後の授業が一つ終わった合図の鐘で、部屋を飛び出したイルカの後を追い掛け自分のせいだと謝るべく、カカシも職員室に向かった。しかしイルカは学年主任により、半休ではなく全休になっていた。
なんだ、とイルカが床に座り込んでしまったので、カカシは躊躇いながらも抱きかかえ立ち上がらせた。
「もう帰ってもいいんですか。だったら俺のお祝いをして下さい。」
とカカシはなけなしの勇気を出して、イルカを遅い昼食に誘った。イルカはほんの僅か上目使いに為り、眉を寄せ首を傾げて言葉の意味を自分の記憶に探しているが、見付からないようだった。
「何か賞与でも頂いたんですか。あ、記録更新とか?」
とカカシには泣きたいような、しかしアスマ辺りが聞いたら大笑いするような返事が返り、カカシはそれこそ泣き出す寸前の顔をしてしまった。鈍いイルカがそれでも自分の失態に気付き、つい生徒にやるようにカカシを抱き寄せて背中を叩いてやった事は、溜飲を下げさせるには充分だった筈だが。
「今更ですが、誕生日です。」
この言葉に、イルカは大慌てでカカシの手を引き市場へ寄って大量の食材を仕入れ、自宅で喰わせて飲ませて、それこそ朝までもてなしたと云うのは友人ならば誰にでもやる事だったのだが。
イルカがいつもより心を籠めた豪華な食事と高価な酒を用意したことは、当のカカシも知らなかったのだった。
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