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はじまりの九月 その三
イルカは授業後に受付に入る日は、空き時間があるとそこでうたた寝したり読書したりと、のんびりしているのだ。
大掃除で出た廃棄処分のソファが、布地が擦り切れてはいるもののまだ充分使えるのに気付き、夜勤の時に一人で運び込んだものだった。
「お前、そこに男を連れ込んでるだろ。」
ニヤリと笑ったアスマに、カカシを抱いた侭後ずさるイルカは
「変な事を言わないで下さいよ。誰が来るか分からないのに。」
と真面目に答えてしまい、自分の言葉にしまったと思う。
「ほお…じゃあ結界張って俺と楽しむか?」
公共の場所で何寝言を言うんだ、とイルカに頭を叩かれ、アスマは実に楽しそうだった。
人が途絶えた事を確認し、アスマはカカシの両脇に手を入れて引きずると、書庫へとイルカに案内をさせた。

小さなソファにカカシを寝かせると肘掛けから脚がはみ出たが、全く起きる気配は無いし、辛い姿勢ではないようなのでその侭にしておく。
「で…ほっといていいんでしょうか。」
ソファの前でアスマと二人立った侭、熟睡とすらいえるカカシを眺めながら、イルカが呟いた。
「あー大丈夫だろうが、お前暇なら見ててやってくれるか。」
「ええ、勢いで半休取っちゃいましたから、やる事無いんです。」
困ったようにイルカは俯いた。元々自分のせいだし、よく分からないけどついていた方がいいのかな。
軽く逡巡した後、アスマに顔を向けた。
「では、私が責任持って…といってもお昼過ぎまでしか居られませんが、いいでしょうか。」
と首を傾げて上目使いに見られると、イルカの真っすぐな瞳にアスマの心がどきりと跳ねる。こいつ、噂通りの天然だな…。
「おう、その頃には起きるだろう。外から入れないように、結界張っておくからな。お前らは出入り自由にしておくから、最後に出る時カカシに解くように言っといてくれ。」
何気なく言われてイルカは少々落ち込んだ。流石上忍、私には絶対出来ないよなあ。こんな事でも差がついちゃうんだ。ちょっと悔しい。
「おぉそうだ、カカシを襲うなら今だぜ、誰の邪魔も入らねえからな。」
部屋を出ようとドアに手を掛けたところでアスマは振り向き、またも虐めっ子のようにイルカを構う。
「なっ、私なんか相手にされる訳ないです、カカシ先生私の事男友達と思ってるみたいだし…誰も、私なんか、何も……。」
俯くイルカのうなじの、何とはかなく危うい色気か。
アスマは肩を抱こうとした手を空中で止め、頭を掻いた。
「馬鹿言え、お前鏡を見た事ないだろ。もっと自信を持っていいんだぞ。なあ、ゆうべもそいつが行っちまった後、酒のツマミにひんむいてヤッちまいてーって話で盛り上がって、もう痛かったぜ。あー大変だよなあ、追っ掛けてる奴も実際いるし、いつヤラれちまうか心配だよなぁ?」
言葉の後半はソファに投げ掛けて、さっと部屋を出るとアスマは約束通り結界を張った。ピシリと音がして一瞬空間が歪み、すぐおさまった。
音殺? そこまでしなくても…と思いながら、イルカは後ろで聞こえた声に驚いた。
「アスマ、煩い。人が気にしてる事…。」
「カカシ先生、起きたんですか?」
イルカは小声で話し掛ける。
「煩くて…でも、眠い。駄目、寝る。ねえ…こっち…。」
とカカシが手を差し延べるものだから、イルカはふらふらとソファのカカシに近付いて、その手を取った。
「起きたら…話が…聞いて…ここに…。」
空いている方の手でイルカの頬を撫で下ろし、そのまま手を握り締め、カカシはまた眠りに落ちた。
「話って…? カカシ先生…?」
どうにも動けない状況に、イルカも観念しカカシの顔に目をやると。覆面は顎まで下ろされ、素顔が日の光に晒されていた。
いつの間に? 何故?
疑問に思いながらも、その顔から目が離せない。この人のこんな微笑み方、見た事ない。イルカは心臓をわしづかみにされたような気がして、息を詰めた。暫く鼓動を抑えようと頑張ったが、いかんせん寝不足の身では静けさに負ける。イルカの意識も薄れて、カカシの胸に頭を乗せるように崩れていく。心地良い。静寂の中、二人の時はゆっくり流れていく。
今日は9月15日。
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