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くしっ。
くしゃみで我に還るとイルカは身体を震わせた。
寒い。さっきより寒い気がする。
肩のタオルで鼻を擦り、立ち上がるとカカシの寝ている部屋に戻った。
なんか、ふらふらするわ。怠いし眠いし、アタシやっぱり風邪引いたのかなぁ。帰るの面倒だなー、あー道判んないわー、今日休みだしー、これ以上具合悪くなって仕事休むことになるのもやだしー、……寝よ。
とうとう考えることを一切放棄して、イルカはさっきまで自分がいた場所へ戻った。
もそもそと布団に潜り込むと、カカシが無意識にかイルカに手を伸ばし自分の胸に寄せた。素肌同士が触れ合うその体温に、イルカは心から安堵する。
あったかい。それにカカシ先生の匂い。
イルカは、裸のまま男と寝ている自分が置かれている状況を認識していなかった。
無断欠勤。よく考えればこのあとアカデミーや受付、そして火影にも説明しなきゃならない事は沢山あるはずなのに。
いいや寝よと、自分からカカシの頬へと唇を寄せて、眠りにつく。


隣で眠っている筈のカカシが、薄目を開けてイルカを見た。近すぎて表情は見えないが、甘い吐息が頬にこそばゆい。くすぐったさに耐え切れずカカシは顔を引き、イルカの寝顔を改めて見る。
小さな顔、少しも化粧をしないから日焼けで綺麗な小麦色になっている。だが大事に隠されていた豊満な肉体は、きめの細かい白い肌だ。色白と言われる自分よりも白いではないか。長いという程ではない睫毛はしかしびっしりと濃く、奥深く濃紺の光を宿す黒い眼を縁取る。この不思議な瞳の色に気付いた男は過去にいたのだろうか、この瞳で早くとオレを誘惑したように、その男だけを眼に映したことがあったのだろうかと、頭をよぎった詮もない考えにゆうべはまるでオレらしくなく、それを払拭すべくただ熱い自分を打ち付けた。
壊してしまおうかと考えた自分のいやらしさを嫌悪したのは、一度二人して飛んでからだった。紅い唇がオレの名だけを呼び続け、小さな身体で必死に縋り付いてくる、あんな姿を他の誰にも見せたくないと思い。
稚拙な愛の紡ぎ方だったのは承知している。余裕がなかったからといって、イルカに負担をかけるような事はすべきではなかったと少し青い顔の愛しい人を見つめ、イルカそのもののようなしなやかな黒髪を撫で付ける。きちんと手入れされているよな。でも自分で気を付けるような人じゃないから、あの優しい友人達に教えてもらったのだろうか。そういや…くすりと思い出し笑いをしたカカシは、もう大分前、友人の結婚式に向かう途中のイルカに会った時の事を思い出した。
一枚しかないワンピースは外出着程度の格式で、やっぱりおかしいですか、買いに行く時間もなくてお店も知らなくて、と泣き出しそうになったのだ。
カカシは上忍師仲間に付き合わされて入ったことのある馬鹿高い洋品店を思い出し、隣は提携の美容院だからお任せで揃えて貰えるとイルカの手を引き、時間ぎりぎりに結婚式場に着いたのだ。
しかもカカシは、綺麗になったイルカがこんな格好は恥ずかしいから帰ると言い出したのを宥めすかし、式場まで隠すように歩かされたのである。
この日カカシは、以前お世話になった忍びの大先輩が引退すると聞き、挨拶に伺った帰りであった。ゆえにカカシは私服で、それもちょっと見栄を張ったスーツに左目には控えめな眼帯、それを隠すように髪を流していた。行き交う人々にはデートのように見えたであろう。
カカシは自分に注がれる女達の視線には気付かず、しかしイルカを見詰める男達を威嚇するように殺気を垂れ流しながら足早に歩き、手間を掛させたからカカシが怒っているとイルカに勘違いされ、余計に泣かせてしまった。
式場に着けば夫の無期限長期の里外任務に同行するという新婦の顔を見て、もう一生会えないかもしれないと更にカカシにしがみつくイルカを突き放す事は出来なかった。新郎の仲間からは、里の宝と言われる先輩に出席頂けたら一生の思い出として素晴らしいサプライズになるからと出席を請われ、この後は用もないしイルカは離れないし、とカカシは共に末席に着く事となった。
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