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「なによ、わざとらしいったら。寝たふりしてんじゃないの?」
「男好きだもんねぇ、誰彼構わず誘って。」
ざわめきが大きくなり、女達が次第にカカシとイルカに注目し出した。羨望と蔑みと憎しみと嫉みと、更に諸々の悪感情で満ちた空気の苦しさがカカシの眉をひそめさせる。イルカを更に守るように抱き込み、一緒に連れて来られた並びの上忍仲間と目で会話をする。
なあ、何とかならないか。
おめーがわざとやったんだろーが! 阿呆が、ざまーみろっ。
ひでえ。しかしあんまりな言い方だよな。
全くだ、聞いてられねえよ。可哀相になぁイルカ。
しかしアカデミーの同僚や幼なじみの友人達は、そんな場でも非常に明るかった。澱んだ空気もものともせず、ニコニコとカカシの胸のイルカを見ている。
「イルカは自然にしてるだけだよなあ。いい奴だし、そんな性格が顔に滲み出てて美人だよな。」
「何か勘違いしてイルカを自分の引き立て役って思ってる馬鹿が何か言ってるわよ。」
「あの子人を疑う事を知らないもんね、よく今まで無事だったよね。」
「そりゃ俺達でこの二十数年守ってきたからだろ?」
「そうだよなあ、でもイルカには反対に色々世話になっちゃったし、嫁さんにしたい位だけどさあ俺なんかにゃ勿体ないしな…。もはや妹か娘だし。」
「じゃあちょうどいいわ、はたけ上忍にあげちゃおうか。」
聞くともなしに聞こえてきた言葉に、カカシは目を剥いた。はいっ? 何ですか、オレがどうかしましたか?
「はたけ上忍、折り入ってお願いがあります。イルカを嫁に貰ってやって下さい。」
「ナン、デスッテェ?」
しまった、声が裏返った。動揺してるってオレ。
「俺達イルカの保護者みたいなものなので、婿さんは選んでやりたいんです。だってこんな天使みたいな奴、ほっとけますか!」
アカデミーからの同期という男はおとーさんみたいだ、面白いなあ。
「この子、家族親戚誰も居ないじゃないですか。うちの親も心配で、お見合いを勧めてるんです。」
何だと? うおっ、オレ反応しちゃった! ヤバイ怒気だだ漏れ。
この馬鹿! 抑えろ!
わりぃ無理だ、オレも酔ったことにしてくれ。
カカシはままよと焼酎をあおる。自分で蒔いた種だ、きちんと育て上げて刈ってやろう。
使い方が微妙な諺だったが当人はいたって真面目だからいいのかもしれない。イルカの優しい友人達に向かい、ではおとーさんおかーさん、娘さんは頂いて参りますと、カカシは立ち上がり新妻を抱いて宴会場を瞬時に去って行ったのだった。
呆気にとられていた場内で、カカシの仲間が一番先に笑い出した。それに釣られてイルカを差し出した奴らもからからと笑い出す。何が起きたのか、何でこんな事になったのか、もはやどうでもよいとばかり笑い続ける。
カカシに近づき、あわよくば酔った勢いでお持ち帰りされたかった女達は爪を噛み唇を噛み拳を握り、大笑いを続ける一角を睨みつけていた。
「アンタ達、逆恨み? 八つ当たり?」
冷ややかに切りつける言葉は、片隅で事の成り行きを見ていた無敵美人の上忍のものである。
「髭、全部見てたんでしょ? イルカに悪いトコあったかしら? カカシは何してたの?」
「あー…いやカカシがイルカに手ェ出したのさ。オレのもんだって離さなくてよ、イルカは何も知らないまま拉致されてった訳だ。」
気温氷点下の美人は詳しく話を聞かせろと迫る。
「あの二人、デキてないのが不思議だったじゃない? いい感じで二人歩いてたり、よく昼休みに校庭のベンチで座ってたの見たわよ?」
髭の男は頭を掻きながら小声になった。
「天使に手は出せないってぬかしやがってよ。何だよって思ったら、見せてもらった本に翼のある神様の使いの絵が載っててよぉ。」
イルカに似ていてとても綺麗だったんだ、とちょっと恥ずかしげに言う男に、アカデミーの教師一同はうなづいた。
これですね、と一人が鞄から取り出した大きな本には『教養美術』とある。高学年の卒業間近には、里外任務の際困らないように多種多様な教養を教えるのである。上忍師の先生も見て損はないですよ、とイルカに渡された本の束の中にあったものである。カカシは特に絵画が気に入ったようで、イルカの本を借りっ放しで授業で使う時だけイルカに返しているというありさまだった。カカシが飽きずに眺めているお陰で、翼を広げて地上に降り立つ天使を仲間達は覚えてしまうほどになったのだ。それは心持ち下を向き、胸の前で何かを大事に掬うようなポーズをとる淡い色使いの一枚であった。長い髪は茶色に近い金髪であったが、誰もがイルカだと認めた。
その絵を酒の席で皆で眺めているのも変な光景だが、カカシの気持ちを知って、うまくいきますようにと皆天使に願わずにいられない。
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