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十二
結ぶ印を一つでも間違えると術にロックが掛かり、同一人物には二度と掛けられなくなるのだとも。
使用する印の形は十二支に加え特殊形を更に十数種、指の形が難しい。組み終わるまでには速度を要しない代わりに、丁寧に一つ一つ組むので数分はかかり、それをもう一度繰り返さなければならない。その時、被施術者の周囲を囲むように四方陣を上忍が作り、結界を張る。四人の組む印は、陰陽道にも通じる東西南北を表す獣印だけなのだが、ひたすらチャクラを練り続けなければならない。集中力が途切れるなど、許されない事なのだ。
カカシ先生は、私とお腹の子に掛かる負担は全くないし、怖い事もないから安心してくれと気遣ってくれる。
完全にコピーして来たんですよ、綱手様にも褒められましたよ。と強がるが、微かな震えは私に伝わってくる。
一度深呼吸をしてカカシ先生は纏う気配を変え、上忍の方達に向かい、では始めます、と頭を下げた。
カカシ先生が私の側に立ち、ベッドの周囲を四人が囲み、結界を張る微かな音がした。
一つ一つ印を組む度聞こえる声は、穏やかで優しい。 私の心に染み込むようだ。
長いような短いような術の一回目が終了し、息を吐くとカカシ先生は続けていきます、とまた気を張った。
繰り返し印を組み、称える。
失敗すれば、私もお腹の子もどうなるのか解らない。けれど、失敗するとは全くかけらも思わなかった。私はカカシ先生を信じている。この人になら命を預けてもいい。
体が浮遊する感覚があった。目をつむった私には何も見えない筈なのに、病室の風景が見える。いや正確には感じているだけなのだろうが、感覚は研ぎ澄まされ、私の中から清浄な光が溢れ出して行くようだ。
カカシ先生の想いが私を包むのも感じた。これほど美しい気は、今まで知らなかった。これが愛そのものなのだと理解し、お腹の子と私はそれを共有していた。
唐突に、私の頭の中にこどもの声が聞こえた。
ボクは生きたい、生まれたいんだ。アナタ達の為にもボクは生まれたい。
こどもの生命力の強さを感じて、私の瞼が熱くなる。ならば私も全力で守るから、絶対に生まれてくるんだよ。
心が触れ合ったと思ったら、カカシ先生の気が私達を包み光は強くなり、私は意識を失った。
長いこと眠っていたような気がしたが、一瞬の事だったようで終わりましたと、カカシ先生の疲れ切った声が聞こえた。
体が軽い。目が開けられた。手も動く。
ベッドの脇の床に座り込んで動かないカカシ先生に私は手を伸ばし、有り難うございましたと言葉にする。
私の声に弾かれたように頭を上げると、青白いカカシ先生の顔が上気し、立ち上がって覚束ない足取りで私に歩み寄る。私は起き上がり、その体を受け止めた。抱き合ったまま、お互い言葉が出ない。
ゆっくり体を離し、私達は見つめ合った。
吐息が私の唇に掛かる。久し振りですね、という言葉になんと場違いなと思いながらも、カカシ先生は本当にいい男ですと返してやる。
くすっと笑い貴女の為だけですよ、と大きな手を私のうなじに置き頭を支えると、深く口づけてくる。恥ずかしいとは思うものの、止められない。カカシ先生に触れていたいと、私の両手はその背中で力を籠める。
ふと、カカシ先生の力が抜け私の肩に寄り掛かって来た。
チャクラ切れだ、と日向様の声に顔を覗くと、確かに眠っているようだ。
こいつは昔から加減が出来ないバカだから、と冷ややかな日向様が口の端を上げて笑った。
重いだろうと、秋道上忍がカカシ先生の体を片手で脇に抱えるとソファに転がした。
相変わらず細っこい奴だ、お前ちゃんと飯食わしてやってるのかと、豪快に笑われて、私は何か悪い事をしたような気になる。スタミナは食が基本だと言われて、毎晩の主食は酒だとは絶対に言えないと私の笑いが固まる。それに何かを察したのか、カカシ先生から聞いているのか、山中上忍が声を殺しヒィヒィ泣きながら全身で笑い転げている。山中生花店の隣は私達の行きつけの居酒屋だ。週の半分は通っているだろう。
親父らうるせぇと薬の原料である鹿の角を投げながら、シカマルが入って来た。部屋の外にこども達と、私の職場の仲間達と、医師団と。
また来る、と一言残した日向様を先頭に部屋を出ていく。上忍の方々に礼を述べ、私は深々と頭を下げた。
ふと顔を見合わせた四人があの話をと小声で囁き、奈良上忍を残して部屋のドアを閉めた。
これだけは話しておくと眉間に皺を寄せる上忍の顔は、大人になったシカマルを彷彿とさせる。
カカシはさっき言わなかったがな、と辛そうに話し始めたのは、施術者が術を発動させるための媒介の事だった。
以前巻物を見付けた時に、カカシ先生はその事を言っていたと思うが、それが何かと目で問えば。
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