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集中治療室を出られる事になったと医師が告げに来て、カカシ先生は私の荷物をさっさと運び出した。とにかく行きましょう、と私を横抱きにして部屋を出ようとする。用意されたストレッチャーを無視し、大事な貴女を人に任せられないときっぱり言い切るカカシ先生を、看護師達はもはや上忍とは見ていない。呆れた顔で落とさないで下さいよと、私に繋がる最後の一本の点滴の袋を持ち、カカシ先生の後ろに続いた。
一般病棟といっても長い廊下の遥か向こう、忍び用の一角である。私もやんちゃな生徒達や元教え子達のお見舞いによく来る場所だ。
特別室と書かれた部屋に入った時には、私は嘘っ、と声を上げてしまった。私のアパートより広い個室である。誰だこんな部屋を指定した馬鹿は、と私を胸に抱くカカシ先生を見上げると、貴女の保護者に決まっているでしょうと溜め息をついた。いやまさか、公金じゃないだろうなとむすっとした私をベッドに降ろしながら、カカシ先生は怒らない怒らない、と私の眉間を摩る。
俺も個室の方がイチャイチャ出来て嬉しいです、と笑うカカシ先生の頬を引っ張りながら、私は二人の心遣いに素直に感謝した。
布団に潜り込んで落ち着くと、夕食が運ばれて来た。検査前の最後の食事は丸一日前なので、点滴で栄養補給されているとはいってもお腹は空いていた。病人食でないのが有り難い。
全て食べ終えた私のお盆を持つと、カカシ先生は主治医と話をして帰ると、私に唇を寄せた。誰も見ていないからと、口づけは長く深かった。
明日明後日と、届け物で遠くヘ行かなくてはならないから。二日分の愛を置いていくと言ってもう一度、口づけは長くゆっくり熱を持つ。名残惜し気に離れる口元から伸びる銀の細い糸が、いかがわしさを視覚で認識させた。
もう少し此処に居たいけれど朝が早いのでと、もう一度振り返り私を見詰め、行ってきますとドアの外に消えるカカシ先生が、もう二度と帰って来ないのではと私は途端に恐怖で全身から汗が噴き出した。
馬鹿な事を考えるなと自分に言い聞かせ、眠りにつこうとするが今日は眠気が襲って来ない。仕方無しに持って来てもらった本を手に取って、読み始めた。サクラに選ばせたのは失敗だったかなと後悔したのは、いわゆるレディース文庫と言われる、必ずハッピーエンドになる恋愛物だったからだ。
いのと相談したというだけあって、砂糖の中に飛び込んだような甘さだった。次はシカマルに頼もう。
半分程で眠気の神様降臨となり、私はまた朝までひたすら眠っていたのだった。
カカシ先生の任務は単独のものであり、こども達三人は命令されたからと言う割に、嬉しそうに朝から病室に居座った。
今日明日お世話を致しますと、深々と頭を下げているのは私の元から巣立って、著しい成長を遂げつつある少年少女達だ。私は自分の子の代わりを求めていたのかも知れないと、突然思い至る。何人も何人も育て上げ懐かせて、淋しい時悲しい時嬉しい時、誰かが必ず側に居てくれたのだ。
私は。
偽善者か。
息苦しさに耐えかねて、深呼吸し気持ちを切り替えようと、私は三人に近況報告をねだった。午前一杯かかって自分達の事、仲間達の事、特にナルトは、いかに詰まらない任務をさせられているかと熱弁を振るった。私の側でくだらないと横を向くサスケに、小声で本当の所は毎日カカシ先生に聞いているからと言うと、ニヤッと笑い、旦那さんにはご迷惑をおかけ致しますと頭を下げる。反射的に私は、カカシ先生にしたようにサスケの頭を叩いた。
カカシ先生がこの三人を此処に寄越した事に、私は感謝した。明日の夜まで。ならば私は、かつて教え切れなかった事を、一人の大人として教えてあげよう。
そうして私は、久々に口を開けて笑う事が出来たのだ。
二日目の夕方、こども達が帰って間もなくカカシ先生が顔を覗かせた。つんと、消毒と消し切れない血の匂いがする。
何でもないような顔をして歩く様子が少しおかしいと気付き、私はそっとベッドから降りて、立ったままのカカシ先生に抱き着いた。体を強張らせたのを知ると、服の上から怪我を探る。左の二の腕に包帯が、胴にもきつく幅広に巻かれ、こちらは深かっただろうと私にも判る。
恐かった。二日前、行ってらっしゃいと見送ったカカシ先生が居なくなるのではないかと、恐れた記憶が蘇る。
私が腕を回しているのは本物の、生きたカカシ先生なのかと、更に力を籠めれば、痛いと呻いてベッドに腰掛けた。ただいまと囁かれ、顔中に唇を落としていくカカシ先生に、初めてお帰りなさいと迎えて私は詰めていた息を吐いた。
私の体はカカシ先生を失う恐怖で、無意識に震えていた。そしてほんの少し、我慢の糸がほつれた。
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