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私は搾り出すように声を出した。寂しかったです、帰ってきてくれて嬉しいです、側に居て下さいと。言葉が次から次へと、溢れて来る。これ以上は言えない、縋れないと唇を噛み、まだ溢れて来る言葉を飲み込んだ。
カカシ先生は帰って来た。元気じゃないか。
大丈夫、大丈夫。
最早その言葉は呪文だった。
私は目元が赤いだろうと思いながらも笑い顔になり、ほつれかけた我慢の糸を撚り直す。
明日、検査結果が出るので朝から来ますと言われ、私は何も聞いていないのにと驚くと、俺は旦那さんですから奥さんには俺から話すもんでしょとしれっとしている。何か違うんだけど。
わざとひょうきんな態度をとるカカシ先生に笑いかけ、もう少しだけ此処に居てと心の中で願う。それが顔に出ていたのか、カカシ先生は帰ると言い出さない。
看護師が部屋の中のカカシ先生を見付け、勝手に動くなと怒り始めた。脇腹を縫ったのだから本当は一泊させるつもりだったのだ。聞く耳持たずのカカシ先生は私の部屋ならと言い張るので、背凭れを倒せるソファベッドで寝る許可を取った。
無駄に広い個室のソファベッドは、元々付き添い用だったが、それを言うとカカシ先生は泊まり込む事が明白だったので、わざと言わなかったのだと聞き、それは正しい判断でしたねと、私は看護師を慰めた。
カカシ先生と二人で過ごす、久しぶりの夜。
明日の事は何も考えず、今この幸せを享受しよう。
私が眠るまで、枕元で手を握り里の外のお土産話をしてくれたカカシ先生は、ただ怪我の事だけは決して経緯を語ろうとしなかった。
そして握る手の温もりに、私は心底安心して眠りについたのだった。
翌朝、カカシ先生はよほど怪我が辛かったのか、素直にソファベッドに体を横たえ、熟睡していた。
話は火影様がいらしてからというので、カカシ先生は着替えに戻った。
一人になった私は、まるで判決を待つ被告人のような心境だと笑ってしまった。どんな判決なのか、予想もつかない。
でも、とそこで思考は止まる。いつも『その先』を私は拒否し続けるのだ。その先には何があるのか。
どんな結果でも受け入れなければと、私は思うのに。
思うのに、私は。
いつの間にかカカシ先生が帰って来ていたのに、気づかなかった。私の動揺は伝わっている筈だが、ただ抱き締め続けてくれる。
どれだけ時間が流れただろう。火影様の到着を告 げられふっと気を抜くと、私の体から力も抜けてカカシ先生に寄り掛かってしまった。体勢を直そうとするが、その手に力を籠められ離してはくれない。このままで、と掠れた声がカカシ先生の動揺も伝えてくる。既に何かを聞かされているのだろう、そして私を守ろうとしてくれているのだろう。
病室は火影様と医師団が入って来て、あれほど広かった筈なのに人いきれで苦しく感じる。
主治医が私達の前に出て、書類と写真の束を広げた。
順を追って説明します。と告げられ、空気が張った。
現在正確には妊娠満12週、四ヶ月目の中盤になります。
胎児の大きさについては個体差と、今までの母体の子宮と卵巣の状態から考えれば許容範囲であり、特殊な職業であることも影響しているという。スポーツ選手などは、太りにくく脂肪も付きにくいから、胎児も小さめなんです。貴女は鍛え過ぎなんですよ、脂肪がまるで無い。
示された数値は確かにそう語っているが、私には自覚が無い。
しかし胎児に異常は無いと聞き、息を吐いて肩に力が入っていた事を知る。
今はまだこの位ですが、と親指と人差し指で作った輪が胎児の大きさを示した。不思議だった。ほんの一年足らずで目に見えない程の細胞が、両手に乗る人間になる。
私は自然と、お腹に手を当てていた。
天井を見て息を止め、吐いた主治医が先を続けた。
やはり子宮に問題がありました。最初の診断では可能性が高いと言いましたが、実は出産は勿論のこと、妊娠にも耐えられるか判らない状態です。
我々は検討を重ねてきましたが、結論を言いますと、と一旦口をつぐんだ瞬間、更に空気は張り詰めた。
臨月までもたないかと思われます。そしてまた、何ヶ月までなら大丈夫だとも言えません。
危険過ぎます。母体が、いえ、命が。
最後まで言えず、主治医が書類をめくる手を止め、苦しそうに下を向いた。
俺は、俺には貴女がいればいいんです、と涙声でカカシ先生の大きな手が、私の体を包んだ。
暫くして、私は主治医とカカシ先生の言葉を理解した。
お腹の子は、産めない。産んではいけない。私の命と引き替え。私とカカシ先生の赤ちゃんが。
私の心が拒否した『その先』はこれだったのか。
心の糸が切れた。
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