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おじいさま、黙っていて申し訳ありませんでした。と言う私の声には感情が籠っておらず、他人の声のように聞こえた。
私自身も驚いていて、何も考えられなかったからと言い訳すれば、火影様はお前にこんな辛い思いをさせたかった訳じゃないのに、と苦しげな顔をする。私達は疑似家族で、だからこそ他人なのだからとお互い本音をさらけ出す事も無く、表面を繕うように庇い合って来ただけだと知れる。
カカシ先生に聞いたのだろう、私が結論を出せない事を。
済まないと謝り続ける火影様に返す言葉が見付からず、私は黙ったままだった。
主治医が火影様に明日の検査の概要を告げ、心配は要らないと帰宅を促すと、カカシ先生だけを呼び止め別室へと誘った。
私と会話が出来ず、名残惜しそうなこども達に笑顔で礼を言うと、私はサクラに手招きをして看護師から手渡された入院中の必需品リストを見せて、家から持って来て欲しいと頼んだ。
明日の朝早い時間に悪いが、カカシ先生を起こすついでに、と言うと女同士に遠慮は要らないのだからと、一端の口をきいた。
では私も女として、人生の先輩として、この子に教えてあげなければならない。ぶざまな姿は見せられない。
皆が帰ってしまうと、流石に気疲れしたようで、私は体が強張っていた事を知る。
ぼんやりしていると、カカシ先生が顔を覗かせた。ああそういえば、医師とまだ話をしていたのだ。
一日の終わりだからというだけでない疲れた、いや憔悴しきった顔があまりにも可哀相で、まるで子犬のようでつい頭を撫でてしまった。
カカシ先生は詳細を聞かされたらしく、非常に心配だが待っているだけはもっと辛いので、通常通り任務に付くと言った。また明日、夕方には来ますと、私の頬に唇を寄せるので、私は自分の顔をずらしてカカシ先生の唇を自分の唇で受け止めた。びっくりした顔が可笑しくて、にっと笑うとカカシ先生も破顔して私の頭を抱え込み、愛していると、何があっても愛していると、殊更強く言った。
また。その言葉だけで充分。私の心に積み重なっていくカカシ先生の想いで満たされるから。今では私がこの人を愛したという事実と、この人が私を愛してくれたという事実で、私自身が構成されている気がする。
集中治療室では基本的に面会は許されていないから、カカシ先生は見咎められて退室を求められる。
また明日と軽く唇を合わ せたカカシ先生はガラスの向こうの幾人もの人達にわざと見せ付けているようで、唇を離しざまにざまぁみろと小声で言い、舌を出した。
その表情は私にしか見えず、何と馬鹿な事をと頭を叩くと、天下のはたけ上忍に何を、と周囲に驚かれた。私はカカシ先生を尻に敷く恐妻若しくは鬼嫁と、その瞬間から噂が駆け巡ったのはいうまでもない。
就寝時間を告げられ、部屋が暗くなり、枕元の常夜灯の柔らかな橙色が眠りを誘う。何も考えずに眠れそうだと思っている内に、眠ってしまったようだった。
うたた寝したかと目を開けると、既に日は昇り、朝の検温の時間が来ていた。
相変わらず繋がれたままの沢山の線が伸びた機械から吐き出されるロール紙には、規則正しい波が走っている。看護師がそれを見て、順調で変化のない事を告げた。検査の為に朝食を抜いたが、点滴のお陰で空腹はない。寝たきりはちょっと体が軋むが、体を休めると心も休むもんだと実感する。何種類もの検査を順番に巡り、私は正直待ち時間の長さに飽きていた。
ただ座ったり寝たりするだけなのに、緊張するのは何故だろう。なんか疲れたなと、病室に戻り横になると布団の柔らかさに安心し、眠くなって来た。
そしてまた寝てしまったかと、あくびをしながら目を開けるとクスッと笑い声がして、カカシ先生がベッドの端に腰掛けて私を見ているのに気付く。なんて顔を見られたかと、私の顔に血が上った。毎日見ているから、別によだれを垂らした顔でも俺は慣れてるし、と首を傾げて事もなげに言った。顔を近付けて、どんな貴女でも俺は好きですし、俺の全てですよと囁く。
私は思わずよだれを垂らしたかと、手の甲で口元を拭ってしまったが、カカシ先生の堪えた笑いに嘘だったと解り、私はまた頭を叩いてしまった。それも思い切り雑誌で。いい音がして、ガラスの外の医師達が振り向いた。またかと、もう誰も相手にしない。カカシ先生の奇行に皆慣れてしまったのだ。
カカシ先生は優しい。私の気を紛らわせるためだと解るから、嬉しいけれど、私は哀しい。
一通りの検査は終わったが結果は何日か先で、もう少し入院しなければならない事を告げると、両手を握りしめてくれた。温かくて離せない。この手に縋っていられたらと、私はいつからこんなに弱くなってしまったのだろうと、握る手が震える。大丈夫、大丈夫。
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