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ふ、と笑って私は思い出した。お腹の子はどうするのか。
初めて愛したあの人の、こども。改めて考えると私にも母性があったのだと、遅まきながら気付く。
母親の勘だ、この子は男の子。きっと、カカシ先生によく似て綺麗な顔立ちの、でもやんちゃな子。
駄目、これ以上考えては。
情に流されてはいけないと、私は無理矢理感情を押さえ込む。
冷静に、そうだ冷静になって何が一番いい事か、最上の結論を導き出さなければならないのだ。汗をかきながらも冷たい掌を見詰めながら、私はまた大丈夫、大丈夫と繰り返した。
朝の受付所は、いつも通り任務拝命書を受け取りに来る、下忍中忍でごった返していて、何も考える暇が無いのが今日は反って有り難いと、私は貼り付けた笑顔を崩さないようにしていた。アカデミーの授業の時間だからと立ち上がれば、隣の席の仲間が、調子が悪そうだが、と声を掛けて来た。
よく寝たし疲れてもいないと笑顔を思い切り向けて、わざと大股で歩いて出てやった。悟られてはいけないのだ。
午前中の二時限は何時もと変わりなく、しかし昼食はなぜか喉を通らない。お腹が空いていない訳じゃないけれど、と何時もの半分だけは無理に口に押し込んだ。
さあ後一時限、と思って校庭へ出る。体術はちょっときついかも、と思い青空を見上げていると、生徒達が蟻の子のように集まって来た。
今日は幻術に変更かなと、咄嗟に授業内容を組み立て直し、生徒達に説明する。
今回はいかに景色に溶け込むかという課題。木や建物の壁を盾にして自分の存在を紛れるように隠すのは、自分より上位の敵に会った時に有効な初期手段だよと教えれば、ほぉと漏れる感嘆の溜め息。こんな時がとても楽しくて、教師が辞められないのだ。
では手本を見せてと請われてチャクラを溜めている内、嫌な汗と眩暈が体中を巡り、私の体は立っていられない程の血液の逆流を感じた。お腹が痛む。
体を丸めて自然とお腹を庇う形になって、股を伝う温かいものが血液だと、匂いで判った。
私の赤ちゃんが。
意識が薄れる。
遠くで誰かが怒鳴っている。体が動かない。手の指一本にも力が入らないのは何故。息苦しい。呼吸が出来ない。誰か助けて。
―カカシ先生!
次に目覚めた時は、薬臭い白い部屋の中にいた。忍びの常か、体を動かす事なく目だけで周囲の気配を探ってしまった。誰もいない。
力を抜いて首を回してみると、病院だと確認出来た。ここは集中治療室だろう、ニ方はガラス張りになっている。私の体にはベッドの周囲を囲む機械から、やたらと線が繋がっていた。私の心音と重なる心電図の線が胸に。腕にはリンゲル液の点滴の管。お腹には胎児用の心電図の線が。脚の間のカテーテルがトイレにも立てない事を教える。絶対安静なのか。全身の力が抜ける。
気が付きましたか、と主治医の声がして、更に後ろから白衣の一団が入って来た。
順調だったので私も油断しました。アカデミーの仕事はやはり無理だったようですね、と済まなそうにうなだれた医師に、私は笑って首を振った。
妊娠初期にありがちな心配の要らない出血のようで、既に止まっているという。しかし検査をしたいので、今日は外泊になりますが旦那さんが許してくれるでしょうかねぇ、と冗談めかして言われた時には、私は口を開けたまま止まってしまったのだ。
カカシ先生は別に旦那じゃないですが、と口ごもりながら返すと、父親なら旦那さんですよとまた返される。私は戸惑いながらも任務中だと言うが、火影様に言伝ましたからと、事を大きくするような状況を想像させて、私は溜め息しか出ない。
為るようにしか為らないと諦めた私は、襲って来た眠気に瞼を閉じるしかなかった。
薄れる意識の耳元でひそひそと相談している声が私の不安を掻き立てるが、あがないようもなく眠りにつくしかない。
どれ位眠っていたのか、また目覚めた時には辺りは既に真っ暗で、病室の灯りが眩しかった。
カーテンの引かれたガラスの向こうからする気配は複数である。火影様とカカシ先生と、かつての教え子三人と、今朝受付所で声を掛けてくれた仲間、アカデミーの同僚達と。どうしようもない大事になったか、と腹を括れば見計らったかのようにドアが開いた。
うろたえた火影様を見たのは初めてかもしれない。私の名を呼びながらベッドに縋る里長なんて、誰が想像しようか。こんな姿を見たくなかったから私は心を封じていたのに。結局私は、また同じ事を繰り返しているのか。
カカシ先生は開いたままのドアから入って来ない。目が合って、唇だけでごめんなさい、ご迷惑をと言いかけるとカカシ先生は首を振り、俺のせいですからと、私の言葉を遮る。
火影様の落ち着いた頃合いを見て、私は自分から声を掛けた。
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