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私は強姦され、最終通告を突き付けられ、本当は泣きたかったのだ。叫びたかったのだ。私の人生を返して、と。ただあの時は火影様があまりにも小さく見え、私はこの方を泣かせてはいけないと自分の心を見ないようにした。
いつか結婚してこうなっていた筈なのに、何故と。目の前の家族から目が離せない。涙が滲みそうになるのを堪え、手の甲で瞼を擦る。疲れましたと、私はカカシ先生の腰に両手を回し、胸に顔を押し付けた。
私はこの人が憎いのだろうか。この人のせいで私は苦しんでいるのだろうか。解らない。いいえ、私は自分が苦しんでいるのかも解らない。でもこの人は苦しんでいる、私の事で。恐らくそれは自業自得と一笑されるものなのだろう。でも確かに悔いて悩んで、今私の事を何よりも考えてくれている。それで、充分ではないだろうか。
そのまま動かない私がそれほど心配なのか、カカシ先生は私を抱き上げ病院へ行こうと言う。苦笑し疲れただけなのだからと言うと、休憩出来る場所を探してくれた。結局夕食をとる事にし、座敷のある食事処に入った。
カカシ先生は優しい。私に対して常に誠実であろうとしてくれる。私はどうしたらよいだろう。選択肢のどれを取っても正解ではないし、不正解でもない気がする。
本当に疲れてしまった。明日も仕事があるのだから早く帰らなくては、と思いながら食後のアイスを食べている内に眠気が襲い、帰る時にはカカシ先生の背中の記憶しかなかった。広くて温かな私の愛する人の。
朝自分の布団で目を覚ました時、私はベストを脱いだだけの昨日の服のままだった。そしてカカシ先生はベッドの脇に座り、布団の上に突っ伏して寝ていた。寝顔に疲労の色が濃く浮かんでいる。反対に私はすっきりと頭も軽く思われ、少し気が引けた。
今日は朝受付に入って、授業を午前と午後で三時限分、それで終わり。とスケジュールの確認をして、カカシ先生を起こしたが全く起きない。朝が弱いのは何時もの事だから、背に布団を掛け、シャワーを浴びに風呂場に向かった。裸の下腹部はまだ平らである。しかしやはり僅かに括れは失くなり、脂肪が付いた気がする。
子宮壁が薄く弱くなっているので、今回の出産にあたり最善を尽くすため、我々医師団も全面的にバックアップします、と院長に言われて子宮破裂の危険があるのかと理解した。 ああ、死ぬのか。
昨日、カカシ先生もこの話を聞いたのだろうか。
シャワーを浴びて、私は昨日を拭い去る。今日は結論が出せるだろうか。
お腹の子は毎日何グラムかずつ大きくなり、私の戸惑いを待ってはくれない。まるで時限式の発火装置が動き出したようだ。じゃあこの子は爆弾-? そうかも知れない。嘘で塗り固められた私を粉々に粉砕し、再構築するための。
どんな結果になろうとも、私は何処かヘ進まなければならない。
しばし脱衣所で考えにふけっていたら、冷えた体が寒い。急いで服を着て、明るい笑顔を作り、鏡で確認する。大丈夫、誰にも悟らせない。
カカシ先生を今度こそ起こし、朝食の準備をする間に、と風呂へ追いやって着替えを出す。もう私の部屋には彼の物がやたらと増え、此処で生活出来る程だ。ぐるりと見回して、あの人無しでやっていけるようになるのかと思ったら力が抜け、私は畳に膝をつき座り込んでしまった。心に鍵を掛けた筈なのに、想いが溢れ出してしまった。もう自己コントロールが出来ないのかと、白くなる程強く握り締めた手を見詰めた。
大丈夫、大丈夫、落ち着いて。
髪から水滴を滴らせたカカシ先生が私を見て悲痛な声を上げ、駆け寄ってくる。裸の胸に頬が触れ、体温を感じてホッとした。
ただの貧血ですよ、もう治りました、と笑って朝食をとるように促した。こうして二人で温かい食事を向かい合ってとり、一日の予定を確認する毎日だった。
昨日までは、先の事など何も考えることなく、ただこの平和な日々が続くと思っていた。いや思い込もうとしていた。
カカシ先生は昨日の事について触れずに、自分の予定を話す。今日はまた昨日の続きの任務ですが、顔岩の向こうの里はずれなので、帰りは夜になると思います。
と、優しいこの人は私に考える時間を与えてくれるのだろう。今日は私も、落ち着いて考える事が出来るかもしれない。
いってらっしゃいと、二人して玄関を潜りアパートの前で別れた。私は受付所へ、カカシ先生はこども達との待ち合わせ場所へ。
背中に遠ざかるカカシ先生の気配を感じながら、私は歩き出した。こうして二人が別々の道を歩むとしたら-。カカシ先生は下忍のこども達を中忍に育て上げたら役目は終わり、また写輪眼を必要とされる場所へ。私は教師のままかも知れないし、戦いに戻るかも知れない。
全く接点が無ければいつか、忘れられるだろうか。
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