かつて私は、戦場で強姦された。
十代後半だった。相手は暗部だった、としか知らない。
もしかしたらもうこどもは産めないかもしれないと聞いても、あまりショックを受けなかったのは、自分が既に天涯孤独で、いつどうなっても良いと思っていたからだ。
火影様は、私の分まで嘆き悲しんでくれた。孫とも思うお前の子が抱けぬのかと。私はその時、おそれ多くも火影様の頭をいだき、一生お側で甘えさせて下さいと言ってしまった。小さい頃より目をかけていただいた方を、誰も居ない時などおじいさまと呼んだりもして、疑似家族として関係を構築していき、私は自殺願望とも言える自己放棄をいつしか忘れていった。きっとそれは、火影様のはかりごとだったろう。そして、私を犯した相手が判明したのだろうと、私に対する謝罪の意味もあって。
生理も不定期になった。排卵は全く無い。
精神的なものによるホルモンのバランス異常ではないかと診断されたが、私はくのいちとしての女の任務の危険性から開放されて、かえって安心したのだ。
しかし、いわゆるトラウマというのは確かに存在したようで、恋愛はできてもいざ性交渉となると、私は暴れて逃げ出した。若しくは相手を傷付けた。それは任務の時も同様だった。カウンセリングにも通い、治療につとめたが、状況は亀の歩みに似て遅々として進まず、結局くのいちの任務に就く事もままならない。
火影様より内勤をおおせつかった。ごくたまに戦いに出て現状を把握し、リハビリに励む。
数年たち、事態は緩やかに好転していた。恋愛に於いては、体を触れられても嫌悪感はあまりないという所まできた。本当の事を言えば、何となくこの人好きかな、嫌いじゃないよなという程度であったが、相手もそんな感じだと判っていたので、体の関係に持ち込めないからと、適当な理由をつけて去っていくのにも慣れた。ヤレないなら、手と口で奉仕しろとさえ言われては、火影様に二度と戻れないように頼もうかと思うのも許されるだろう。ああ、ちょん切ってもいいですか。
アカデミーの教師は圧倒的に男性が多く、既婚未婚問わず声を掛けられれば付き合ってもみた。しかし、変わらない状況。受付所にいると、誘われる事も勿論多い。殆どは興味本位だろうが、まあどんな相手でも結果は同じである。
私の若い頃の強姦云々の話は控えめに浸透していたようで、たいていは人道に外れた事はしてこなかった。稀に強引に持ち込もうという輩もいたが、火影様の名を出すと大人しくなる権威主義者ばかりで嫌になった。という私も盾にしている酷い奴か。
アスマ先生、ガイ先生などは上忍師として私の教え子達を何回か預けた事があったので、私の事情はご存知だったが、カカシ先生は私の事も知らぬまま対面したのだ。すっかり聞き及んでいるとばかり思って、何を言われるかと必要以上の緊張に身をすくませていたが、噂ほどあてにならないものは無いと、下世話な私評をはねつけてくれたのを私は心底有り難いと、覆面のセクハラ仮面だと決め付けていた自分の中で、カカシ先生をランク最高位まで上げたのだった。
やたら手の掛かるこども達を心配した私と話をしてくれるために、お茶を飲み食事に行き、お酒を酌み交わす迄に至った時は、既に私達は恋愛しているという自他共に認めざるを得ない状況に陥っていた。久し振りに心を持って行かれたと思ったが、それは快いものだった。アヤシイ恰好をしながらも、いい男だと一目で判った。私も伊達に男は見ていない。かなりモテるだろうと思っていたが、色気のある話は殆ど聞かない。あまり他人と関わりたくないのだと本人が言った時には、見る目のある女はそれでも寄ってくるだろうに、据え膳は食わないのかと聞いてしまった。
昔の罪を、と言いかけて黙ってしまったカカシ先生からは、それ以上を聞き出すのはいけない事なのだと私は悟った。
カカシ先生は極普通に接してくれて、私も普通の女としての幸せを考えるようになってしまった。
火影様は私達の事を知ると、孫娘の心配をするおじいちゃんとして、根掘り葉掘り聞いてきた。まだそういった関係を迫ってこないのだと言うと、明らかに安堵の溜め息をつき、しかし何かを言わなくてはならないという顔をし、また口をつぐむという繰り返しだった。私の男遊びといえる日常の、相手に対する同情かとも思ったが、どうやら今回はカカシ先生ということで、何か違う意味があるらしい。
私が彼を本当に愛し始めていると知ったら、火影様はどうするのだろう。私にも人を愛する事ができるのだと、喜んでくれるのだろうか。
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