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二十七
それ以上何も言えず、後輩の男は仲間にも止められて巡回の業務に戻った。
去り際に振り向くと、まだ朦朧としているイルカはカカシに全てを預けて腕に収まっている。そのイルカを壊れ物のように大事に抱くカカシを、男は完全に恋敵だと見なした。
あの人自分で気付いてないのかなぁ。まあその方が助かるけどね。うん絶対に好きだって気付いちゃ駄目ですよ、僕に勝ち目はないですからね。
イルカが押しに弱いと知っていて攻め落とそうとしている自分は何て卑怯なんだろう。解っているがイルカを手に入れたい。ひたむきな想いは止まらない。

火影に報告する頃にようやく自分を取り戻したイルカは、またもカカシに手をわずらわせたと恥じ入った。知る限りを述べた後部屋の片隅で、俯いて椅子に腰を掛けたまま動かない。
「お主、イルカに付いて回っとるのか。」
「まさか、ただ行く先に彼女がいるだけですよ。」
それにしては、と額を付き合わせるようにして火影はカカシの真意を探ろうとするが、他意はないと解ると肩を落とした。
こいつにならイルカをやってもいいんだがな、と火影は思う。イルカを見るカカシの目はあきらかに恋愛の情を含んでいるのに。

「イルカ、もういいから帰れ。」
火影の気づかいをイルカは首を横に振って断った。回復したから仕事に戻ると言ってきかない。せめてアカデミーの留守番を、と玄関横の事務室に向かった。
「年いってからの娘は可愛いでしょうねえ。」
溜め息混じりのカカシの揶揄に火影は苦笑して、里の者達は皆可愛いぞ、とカカシの頭をキセルで叩いた。
大げさに痛がる振りをしながらそれを知ってるから皆頑張ってるんですよ、まだまだ元気でいて下さいね。と小さな呟きのような言葉を残し、カカシも部屋を出た。アカデミーの玄関横の警備を兼ねる事務室にイルカがいるのを確かめて、カカシは持ち場に戻る。風と共に走りながら、必要以上にイルカを気にする自分に首を傾げて微笑んでいた。
何でかな、とにかくあの人が気になる。関わるのは面倒くさいと思ってたのに、どうしてもほっとけないよなあ。
初夏の青空は、これからの騒ぎを感じさせない澄んだ空気で里を包んでいた。

そうして緊張の一夜が明けて一次の筆記が始まったが、試験会場に辿り着くまでも既に試験だとは、誰も思わなかった。試験の途中でも容赦なく脱落者を出す程の厳しい争いはこどもにはかなり不利だったが、チームワークを必要とする忍術と頭脳の高度な戦いに、木ノ葉の下忍達は見事に打ち勝った。
アカデミーの教師達は、伝わる一次突破の報告に沸いた。自分が関わった生徒は誰も可愛いものだ、最終試験に合格したかのような喜び方だった。
落ち着けば恥ずかしかった。これ位で騒ぐなよ、としかめっ面をした奴が一番騒いでいたから、一斉に袋叩きにあった。
「すぐ第二の試験だ、これはいつも危険なものだろう。」
そうだな、と一気に気分はどん底に落ちる。演習場に指示された通りのトラップを仕掛け準備をしたが、試験の内容は教えられていない。かなりレベルの高いものだと判るが、他里を含む試験突破率からいえば更に人数を減らすためには当然だと思えた。
イルカはナルトを心配するあまり何も食べられず、胃液を吐き続けた。
もうこれ以上はあの子には無理だ、不合格ならば自分で引導を渡してやりたい。
そう試験官の特別上忍のアンコに申し出れば、ふざけるなと一喝された。だがイルカの性格をよく知る十年来の仲良しとしては、それがお互いにとって最善なのかとこっそり許してやった。
結果が出るまでの長い時間、日が暮れて夜が明けてまた暮れていく。制限時間迄に出口に到着するか否かで合否が決定するのだ。
来た。無事に出られたようだ。
イルカは自分が口寄せとなり、三人の前に呼ばれるのを感じた。課題の意図が読めなければ実戦ではすなわち死、試験中でも呼ばれて失格を告げる事になるのだが、これは。
ぽんと白煙の中から現れたイルカに、わあと歓声が上がった。イルカは三人を見詰め、深呼吸をすると顔一杯の笑顔になる。
「合格だよ。」
感極まってそれだけしか言えなかった。
潤む目をしばたかせもう一度深呼吸をすると、騒ぐこどもらを座らせいつものように説教を始める。何が良かったか悪かったか、反省して次に進むために。
「もうこれからは私は見ているだけよ。実戦は上忍師のカカシ先生に任せるしかないの。」
え、と三人の目はイルカを見詰めたまま止まった。
今だって本当はここにいちゃいけないのよ、と説明すれば解ったような解らないような顔になる。次に会う時はただの同僚になってるんでしょうね、とイルカは一人ずつを抱き締めて、いやだと叫び出すナルトを振り切るように白煙と共に消えた。
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