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二十六
カカシを見ているだけでいいと自分に言い聞かせ、しかし運が味方をし近付けて、近付けただけで幸せだと諦めればよかったのにカカシの優しさに甘えもっと親しくなれて優越感をいだいたから、今になってツケが回ったのだろうか。イルカは身の程知らず、と自分に向かって吐き捨てた。
重い足を何とか前に出しながら階段を上り部屋に辿り着くと、イルカはベッドに倒れ込み布団に顔を押し付けて思い切り泣いた。

目が覚めた時に瞼が腫れているのが判った。泣きすぎて頭も痛い。転がったまま昨日を思い返すとまた涙が溢れてくる。イルカはこれでは出勤出来ないと、目をこすって顔を洗うために無理矢理起き上がった。
あ、今日は接待だけだ、いいやもう少しこのままで。
柔らかな布団が疲れた心身を包み込んで癒してくれる。この間干しといて良かった、とこんな時に考える自分が可笑しいと思いながら、イルカはまた眠りについた。

中忍選抜試験の開始前日、木の葉の里は異様な雰囲気に包まれていた。一見日常的ではあるが、そこかしこで忍び同士の小競り合いがおこっていた。下忍といっても、とうに成人した大人もいるため今年こそはと、こどもに向かい精神的圧力を掛ける者がいるのだ。
イルカ達教師は授業がない分を里の巡回に充てなければならなかった。彼ら以外の忍び達は定位置での警備で動けないのだから。
案の定、イルカは見回りの最中に脇道で脅しの現場を見付けた。脅しているのは木ノ葉のいわゆる不良少年達だがもうすぐ成人かと思われる程の年頃で、脅されている他里のこどもらはナルト達と同じ位の年齢のようだった。
その時たまたま別れて細い路地を巡回していたので、イルカ一人だった。少年らは女一人だと見ると、試験への不安と苛立ちもあったのだろう、良からぬ方向に考えが向かったようだ。
一番非力と見えた女の子を人質に取り、イルカの武器を全て捨てさせた。そして一人の少年がイルカのチャクラを封じる術を掛ける。
確かどこかの血継だと、抜け落ちる膝を踏ん張る事も出来ずに、イルカはただ少年の顔を見ていた。しかしイルカも中忍である、力が封じられる寸前に近くにいるだろう仲間に合図の小鳥を飛ばす事が出来た。
早く、早く、誰か。
意識も危ういが、こどもらを助けなければという思いの方が強かった。
「あの子達を離してやって。私がいればいいんでしょ。」
ろれつも回らなくなってきた。しかしこども達を解放させるまでは意識を失ってはならない、という意思は少年の術をぎりぎりで押しとどめていた。
「ああ、誰にも判らない場所へあんたを連れてってからな。」
少年達は目で合図をすると、慣れているのかそれぞれ動き出した。イルカは両脇を支えられ、気分が悪くなったので送っていくという設定なのだと教えられた。
「歩けねえし、チャクラを封じられたら顔色悪く見えるからちょうどいいよなあ。」
へへ、と下卑た笑いにイルカは鳥肌が立つ。何をされるのか想像したくもない。
「んー、具合悪いんだったら俺が家まで送ってあげるから、君達はもういいよ。」
突然頭の上から声がして、その場の視線は声の主を探してさ迷う。
「こっち。」
振り向くと塀の上にカカシが立っていた。きり、と痛い空気が少年達を包むと彼らはひるんで後ずさりを始めた。
さすがに写輪眼のカカシに喧嘩を売ろうとは思わなかったようで、こそこそと何かを話し後ろを向いて一目散に逃げ出した。
転ぶ。動けない。カカシの気に当てられただけで少年達は見事に捕まった。
イルカの名を叫びながら仲間達が路地に駆け込んで来た。先頭は後輩である。イルカを抱き起こし、介抱しようとしたが掛けられた術が解けない。
どいて、とカカシが後輩の腕からイルカを奪うように胸に抱き込んだ。ごめんね、大変だったね、と耳元で謝りながらふうと溜め息をつく。パンという音と共にイルカの体に温かさが戻り、術が解けたのが判った。
少年はやはり血継限界の血筋で、だが素行が悪く今回の試験で合格しなければ破門され、追放となるのだった。だから焦って試験を受ける下忍を手当たり次第に襲い脅し受験辞退を促していたのだが、被害が多発していると聞いた火影が暗部の警らを駆り出したのだ。
短絡的であまりにも幼稚な犯行。馬鹿な事をしたよな、とカカシは険しい目で暗部に連行される彼らを見送って、いまだ立てないイルカをかかえ上げると火影の元へ報告に歩き出した。
「上忍、お手をわずらわせて申し訳ありませんでした。イルカ先生は僕が、」
「俺は監視の統括だし、この人は当事者なんだから、大変だけど報告の義務があるでしょ。」
イルカを心配するあまり周りが見えない後輩を諭し、カカシは動じる事なくまた歩みを進める。
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