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二十三
ああそうだ、お菓子の騒ぎで聞き流したけど、彼は私に特別だって言ってこっそり渡したよね。
こんなに高価な物、彼女に知られたら相当怒られるんじゃないの。
同僚といっても幾つか年下の後輩で、彼が入ったばかりの頃何かと世話を焼いていた。イルカにしてみればそれは先輩として当たり前の事だったが、年若い彼は必要以上に恐縮していた。
あいつの世話焼きは今に始まった事じゃないから甘えとけ、と笑われてそのまま後輩はイルカの弟のような存在になった。
阿吽で通じる心地よさがあったと思う。この一年と少しの間に、彼とは長年の友人のような気になった。
だからといって、お土産にこれはないでしょ。でも返すのも悪いから、お礼はちゃんと言っとかなきゃね。
何となく紙袋をまた鞄に入れて、イルカは落ち込んだ自分もしまいこんだ。カカシにはいつも通りに接しなければ、と思いながら眠れない夜を明かし。

あと数日で中忍選抜試験が始まる。
アカデミーの授業は今日から最終日までのその間、変則的に半日だったり休みになったりする。教師は全員中忍以上のため、試験官や警備に回されてしまうのだ。だったら休みにしろと言われるが期間は一ヶ月、試験自体が毎日行われるわけではないため、こどもらを野放しにしてほしくないとの保護者側からの要望で、何とかやりくりをして授業を組んだのだ。
しかし教師も強者揃い、高学年は見学実習と称して自分の監督する試験に同行させたり、低学年は会場準備と片付けに掃除をさせたりと、そこは抜け目がない。勿論安全が最優先である。
「演習場まで準備させる訳にはいかないよなあ。」
お前いっぺん死んで来い、と起爆札を額に貼り付けられた若い教師はへーい、と気のない返事をし、腕を正面に伸ばして手首を曲げると直立の姿勢のまま二階の窓から飛び降りた。行って来まーす、と声が後に残る。
どこぞの死体か、と窓から覗き笑う。昔そんな映画がはやったよなと誰かが言い出すと、ひとしきり雑談に花が咲いた。それは皆も緊張している証拠だ、少しでも現実逃避したいから関係ない事で盛り上がる。
その隙にと、イルカは土産をもらった後輩に話し掛けた。
「昨日はありがとう。あんな高価な物、私がもらっちゃっていいのかな。」
「勿論、イルカ先生のためならいくら使っても構いませんよ。次は指輪ですね。」
あっさりと返し、男はイルカの左手の薬指を指さした。
「じゃあお給料三ヶ月分ね、わあ凄いのもらえそう。」
冗談に聞こえないところが怖いと、笑顔を張り付けたままイルカはどきりとする。流せない雰囲気になってしまった。
本気ですよ。と雑談の笑いの中でまっすぐ見詰められてまずいと思ったが、後輩は静かに言葉を続けた。
「贈った石の言葉通りです。僕と新しく始めてくれませんか。」
幸せにする自信はあります、と優しく微笑んで今話す事じゃなかったですねと頭をかいた彼は、既にいつも通りに戻っていた。
なかった事には出来ないのだろうかと、職員室を出るその後ろ姿をただ見ていた。入れ代わりに入って来たカカシと目が合って、イルカは強張った顔で視線を外した。これではカカシに関係する何かがあったと言っているようなものだ。イルカの中でだけではあるが、それでも知られたくない。なのに笑顔にならない。
「さて、いよいよだわね。」
カカシの後ろから今回受験させる下忍の上忍師達も入って来て、緊張感溢れる職員室を更に煽るように紅が言った。
会場責任者の教務主任が慌てて今になって何かあったのかと聞くと、からからと笑った紅は自分達も落ち着かないから遊びに来ただけだと空いているソファに座った。
上忍師の出番はないから居場所がなくてな、と火の着いていない煙草をくわえているアスマも緊張しているようだった。
助かった。もうすぐ受付だからこのまま逃げちゃえ。
お茶とお菓子でしばしくつろぐ。自分達の試験はこうだったと話す皆の陰に隠れてイルカは受付に入る時間が来るのを待った。こっそりと抜け出し笑い声が聞こえない所まで来ると立ち止まり、溜め息をつく。
「イルカ先生。」
振り向けばゆっくり歩きながらカカシが近付いて来る。歩幅があるためのっそりとしていてもあっという間に追い付いた。身構える前に顎を捕まれ上を向かされた。
「何があったんです。」
問う声が低く怖い。目が離せない。
「…別に。」
絞り出した言葉はそれだけで、別にカカシに知られてもいいのではないかと思うのだが、何故か言えない。付き合ってくださいを通り越して結婚してくださいって話しになりました、と言ったところでカカシには何の関係もないではないか。なのに。
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