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二十
それまでは自分に自信がないと、目立たないようにかつ男のように振る舞っていたのが、少しずつおしゃれに気を使い皆の輪に溶け込んでいく様子は、確かに心配される程の変わりようだった。それでも仕事に一切手を抜かないのはさすがであるが。
私の人生これからよ、というセリフは折り返し地点の年配者が言う事だろうと思いながらも、友人達はその笑顔にほっとする。
酒の席で教え子達の中忍選抜試験を機に子離れしたいと宣言した時に、皆が良かった合格前祝いだとイルカを酔いつぶしてカカシを呼んだのは、イルカの変化にカカシが関係しているのだろうと、からかいながら聞き出したかったのだ。
しかしカカシは、イルカの外見の変化にすら気が付かなかったようだ。
「…化粧、してる? 元から綺麗な顔立ちだからしなくたっていいんじゃないの。」
それは本人に言ってあげて下さいよ、と勇気のある男が言ったのだが何でとボケをかまされて、皆脱力した途端に酔いが回って座敷に倒れた。
「すみませんがまた、これを送ってやってくれませんか。俺達もう限界です。」
いいお友達を持ってますね、とつぶやいたカカシにカカシ先生こそ命を預けられる仲間が沢山いるじゃないですか、とその胸で眠りかけながらイルカはほほえんだ。
「男は仕事が出来てこそ、ですよ。私はそんな人が好きです。」
んー、殺し文句だねー。ドキドキしちゃいますよ、イルカ先生。
そしてまたイルカが大きな背中にへばりつき、首に腕を回すのを待ってカカシは立って歩き出した。
あ、この香り。
「シャンプーですか。」
「昔、火影様のお屋敷に咲いていた花と同じのがあったので懐かしくて。ずっとこればかりです。」
イルカは思い出したような優しい声になった。
「ねえ、その花って、白くて花びらのふちだけ赤かったりする?」
ためらうようにカカシが聞くのを、イルカはあっさりと肯定した。
「ええ、奥の離れの中庭には群生してました。」
ああ、とうなってカカシは足を止めた。胸が少し動悸を早め、落ち着かない。
「こどもの頃、っていってもだいぶ大きかったけど。」
ふう、と息をついだカカシはまたゆっくり歩き出した。
「俺もあそこが好きで、よくこっそり行って花を眺めてたんですよ。」
と言ったカカシにくすりと笑ったイルカはそういえば、と眠そうな声で答えた。
「私よりちょっと大きな忍びの男の子が、花の真ん中とか木の上とかでよくうずくまっていました。アスマさんは自分の再生に来てるんだから、ほっとけと。」
「あー、うん。思春期で、暗部に入ってやっぱり辛い時はあったからね、三代目は定期的に俺を屋敷に呼んでくれて。」
あの人がこんなになっちゃったんだあ、と懐かしげにイルカは言うと、素敵な大人になって嬉しいですと背中からカカシを抱き締めるように腕を回し直した。
酔っているとはいえ、女性にそんな事をされて平気な訳はない。カカシの心臓はまた別の意味で騒ぎ始めた。
イルカを好ましいとは思っていた。しかし仲間としてなのか、異性としてなのか、恋愛経験の殆どないカカシには自分でも整理のつかない感情だった。
うーん男としちゃ情けないんだろうねえ、こんな時どうすりゃいいのか悩んじまうなんて。
つーか暗部に入った時、任務に差し支えるって言われて素直に切り捨てた“感情”ってやつがいまだに解らないのが大笑いだな。
まあ、別に問題ないか。とそれ以上を自分の中で追及する事を止め、本格的に眠り始めてずり落ちたイルカを背負い直し、カカシはイルカのアパートへと向かった。
夜の空気は気が引き締まって好きだ。静寂はたるんだ精神を見つめ直すのに良い、とカカシは普段から夜の散歩が癖になっていた。
口の悪い奴らはボケ老人の徘徊と笑っていたが、いつ切れるか判らないカカシの精神をゆるめ癒すためには仕方ないと思ってもいた。
誰かあいつを解ってやれないか。と一時期はそう挨拶代わりに話してさえいたのだが、部下の中忍選抜試験のためという名目で関わってきたイルカの存在はカカシにとって大きいと、皆が思うようになった。
イルカがいるだけでカカシのまとう空気が変わる。
感情表現がまるきり出来ないカカシをあっさり理解してしまっては無理もなかろう。

中忍選抜試験まで、イルカは各国国主の招待や受験者登録などの裏方事務に追われた。
カカシを追い掛ける例の女の子とも接点が増え、話してみると案外仲良くなれてカカシの事がなければ友達になれるのにと、相変わらずお人好しである。
イルカせんせぇ、と甘ったるく語尾を伸ばすのは若い子の特徴かしらと少しだけわだかまりを抱えながら、なかなか覚えない決まり事を丁寧に教え込む。それをカカシはどこまでもイルカは教師なのだと、こそばゆい気持ちで笑って見ていた。
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