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十九
今日はいないのかしら、とイルカは職員室に顔を見せたカカシの後ろを気にしていた。最近はカカシに会えてもそちらが気になって、会話も楽しめないのだ。
気にしても仕方ない、とカカシの疑問に答えて専門的な対策を練っている間に、いつもの顔が職員室のドアをそっと開けるのが見えた。さすがに職員室には入りづらいようだが、カカシを見るとするりと細く開けたドアから入って来て、何のてらいもなくカカシの隣に立った。ちょうど会話が途切れた時で、その子はカカシに何か食べるかと聞いた。
普段からカカシは食事の時間に食べられない事が多く、面倒だとそのまま抜いてしまう事もしょっちゅうだった。それを知ったその子は弁当などを買って来るようになったのだ。
カカシは丁寧に断り、イルカを食堂に誘った。イルカもよく食事を抜いているのを知っているのだ。
じゃあね、と廊下に出たカカシに従ったがイルカは気になって仕方がない。こんなにあっさりとしていていいのかとカカシを見ればにっこりと笑い、女の子達っておじさんをからかうのが楽しいのかね、と言う。いや違いますよカカシ先生は、と否定してもふざけるのもいいかげんにしろよと少々語気をあらげて呟くのだった。
誰も本気だと思っていないのか、好きな人以外は目に入らないのか。
イルカの心が軽くなった。どうせ相手にされないなら、もうちょっと積極的になってしまおうかと。

食堂は主に里内勤務の忍びが使用するためにあり、また刺激を求めての情報交換の場にもなっていた。だからカカシがイルカを伴って現れた時には、遅い昼食をとる者達でにぎわうその場が一瞬にして、暗号記号の飛び交う密偵の修行の場と化した。いかにカカシに判らないように当人の噂話をするか、と任務以上に真剣だ。
自分達に注がれる好奇の目を気にする事なく、二人は残っている品から食べたい物を選んだ。
「この時間じゃ、いつもは殆ど残ってないんですけどね。」
残ってて良かったわ、とイルカが選んだのは魚のあんかけの定食で、カカシは焼き魚がないとがっかりしながらイルカと同じ物にうどんと小鉢を追加した。
四人掛けの席に向かい合う。イルカは男と座る時は必ず斜め前を選んでいたが、今日は正面に座った。もう遠慮はしない。どうせ自分は眼中にないのだから、好きにさせてもらう、と決めたのだ。
付け合わせや具材の好き嫌いに笑って説教し、でも私はこれが食べられないの、とカカシのご飯の上に乗っけたり。楽しそうだ。
頑張ってるじゃん、とイルカに好意的な見方をする者は多かった。だけどどうなってんだよあの小娘とカカシは、ともささやかれる。
―あの子から聞く限りでは、カカシの私生活に入り込むのはなかなか難しいらしいぞ。
―だよな、茶店で二人きりなんて聞かねえし。
―どうもカカシは中の女とは付き合いたくないみたいだ。
―中の、って。
―仕事関係のだよ。あいつは公私を切り離して考えるとこあんだろ。
―だな。じゃあイルカも駄目かなあ。かわいそうに。
―いやところがな、いつだったかカカシの行きつけの店にイルカを連れてったそうだ。おかみさんが先輩だったっていう。
―ああ、あの店か。どういう経緯だよ。
それがさ、とまるで見てきたかのように詳しくその時の様子が語られる。時をおかずして四隅から小さな歓声が上がったのは、伝言が成功したからだ。一人の伝令が一瞬にして回って伝えたのだとは驚きである。
何があったんだあ、と声に出してしまった者が一人。ちらりとカカシが振り返ったので、あわててその男は煙と共に消えた。
どうしたんだ、とカカシは目で聞いたが皆首を横に振って何でもないと笑う。
いや忘れ物をしたってな、任務前に何やってんだっつー話だよあはは、と嘘笑いがむなしい。
食べ終わって片付けて、イルカはぐるりと食堂を見渡した。
「何か言ってましたね。悪い事じゃなかったみたいですけど。」
「何を言われてたって?」
カカシが不思議そうな顔を皆に向けた。途端に空気が張り詰めたものになる。
「さあ、何でしょうかね。しかし人気者は辛いですねえ、カカシ先生。」
イルカのわずかに含みのある声は、忍び達をうろたえさせた。実はカカシよりイルカの方が怖いんだと、この時初めて確信した一同だった。
そういえばカカシ先生って、人の噂も自分の噂もどうでもいいんですよね―。
と歩きながら話すイルカにそういう事は先に言えよ、と突っ込みたい忍びの面々はその後の任務に力が入らなかったらしい。

それからのイルカがおかしいと心配する声が聞こえるようになったのは、普通の女の子らしくなったからだ。
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