何でアタシなんか…。もっと美人で頭が良くてスタイルも良くて性格も良い人はあそこに沢山いたでしょうに。
イルカは俯せになったまま肘をつき、顔を上げ前髪をかき上げると隣の寝顔を見つめた。溜息と共に頭を垂れると艶やかな黒髪がサラサラと音を立てて流れる。
男のくせしてアタシより色白いってね。でも顔なんか結構男らしいのね。もっと線が細い感じしてたけど、素顔は精悍ないい男だわ、意志の強そうな一本筋の通った。
イルカは目元を隠す白銀の髪をそっとはらうと、あらわになった顔に目を覚まさないようにと息を詰め、唇を近づけた。しかし触れる直前すっと顔を離し、ベッドを揺らさないようにゆっくり起き上がる。するりと音もなく布団から抜け出すと、裸の自分に改めてドキリとした。
あー、やっぱり現実なのね。
鬱血の跡。下腹部の内側は違和感を覚えているし、その外側はヒリヒリと腫れているのが判る。更にもっと悪い事に、立ち上がった時に内股をとろりと流れる感触に気づいてしまった。
思わず声が出る。
「っあ、嘘っ!…」
イルカの声に反応して、ベッドの中の男が寝返りを打った。
起きるっ。
『達磨さんが転んだ』のように、イルカの動きが止まった。しばし動けず息も継げず、目は男に釘づけのままだった。
ゆうに一分。呼吸を再開し、それ以上の動きがないのを確認すると、イルカは床に散乱する服をかき集めた。
えっとシャツ、ベスト、ズボン、脚半、脚の滑止帯、額宛て、それから上下の下着。あれ下着がない?
見回すと、枕元に丸まっている。何か、いやらしい感じじゃない。この人の読んでいる本みたいな情景。
手を伸ばし気配を感じさせないようにそっとそれを取った時、イルカはふと最重要案件に思い当たる。
すっ、素顔! アタシ見ちゃった? 見ちゃったよ、殺されちゃう? まだ人生半分も来てないのに。素顔を知ってるのは本当に数人だって、この人自分で言ってたのに、アタシも入っちゃったのぉ。過去に恋人といわれた人達にすら絶対明るい所では晒したことがないって、つーかそれほど深いオツキアイはあまりないから、とか無駄に力込めて言ってなかったかな。アタシ、深いオツキアイ? すっごいディープな海の底? あー嘘だっ、冗談に決まってるでしょう!
とにかく下着を着ける前に内股の処理をしなければ、とイルカは我にかえり見知らぬ部屋を見渡した。
この男の自宅であろうことが伺える。男の一人暮しだわ、同僚達と変わらない。何となくホッとしてしまうのは、人間ではないような言われ方をするこの男が、確かに血の通った普通の、自分と同じ体温を持った人間だと確認できたから。
途端に現実を認識し顔に血が集まるのが判ると、イルカは慌てて部屋を出た。
シャワーは音がするからなー、取り敢えずトイレだけでも。んーなんか寒いかな。
イルカは風呂場と見当つけたドアを開け、放りっぱなしのバスタオルを肩に掛けるとトイレに座り込んだ。
ゆうべは変な宴会だったなぁ。アカデミーの職員と受付とで始めた筈なのに、いつの間にか上忍師達と特別上忍らの御一行様も加わり、総勢五十人は下らなかったと思う。二クラス合同ってとこかしらって、換算の仕方が先生根性染み付いてるしねー。
最初はアタシも女の子達の固まりの中にいたのよね。男性陣の半分はあまり接点がなく、話題も見つからなかったから、少しお酒が回って気分がほぐれたら話しやすいかなと思ってたけど、上忍の人達連れて来るんだもんなぁ…。
女の子達の席に次々と引っ張り込んだのは、物おじしない仲の良い自分の同僚だった。
あの娘は自分とアタシの間にカカシ先生を座らせたのよね。カカシ先生狙ってたのはバリバリ解っちゃうじゃん、あの態度だし。ふぅ…アタシならカカシ先生も目を向けないって思っていたんだろうねぇ、あーごめんねー。
イルカは同僚に頭の中で手を合わせた。
アタシ、こんなつもりじゃなかったんだけどねー。なんでだろーねー。
もう考えることも面倒なのに、ぐるぐる同じ事を考えてしまう。溜息はこれで何回目だろう。喉も痛いし、いがらっぽいかな。風邪引いたみたいね。布団の中は温かかったけど、一晩中裸だなんてないでしょ…うわぁ凄いわやっぱりあのエロ本そのままじゃないの。
あまりの羞恥に、イルカはバスタオルごと自分の肩をかき抱いた。
あ、カカシ先生の匂いだ。
微かな体臭が判る。今までずっとそんな関係ではなかったが、それほど近くにいたのか―イルカには判らないけれど。
でもアタシ、カカシ先生の匂いが嫌じゃない。ううん、落ち着くからもっと嗅いでいたい気がする。
タオルに頬を寄せるイルカの表情は既に愛を語っているのに、本人はまるで気づかない。ゆうべ、カカシにその目で愛してると囁いたことも。
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