13

十三
「さあ入ろうか、カカシ。楽しそうじゃないか。」
とガイはカカシの行動を予測していたのかその後ろに立ち、カカシの肩を前に押した。ずるずると、踏ん張る足が地面をこする音が聞こえる。無駄だと判断したカカシは、巻き添えにイルカの腕を掴み勢いよく店の立派な玄関を開けた。途端に矯声に迎えられ、カカシは年齢に関係なく多くの女性に囲まれてしまった。が、さすが上忍、次の瞬間カカシは遥か彼方に追いやられた筈のイルカにしがみついてぐったりとしていた。代わりに置いて来たのはガイのスーツを着た材木で、声にならない悲鳴がそこから聞こえていた。
よく脱け出せたな、とイルカ以外の同行者達は腹を抱えた大笑いが止められない。
消えたカカシをまたすぐ見付けた女性群は少し離れた位置から、カカシに肩を貸すイルカを睨みつけた。しかしさりげなく紅とアスマがその両脇に歩み寄り、ガイを先頭にして奥の座敷へと進んで行く。
カカシが自分とイルカに注がれる、舐めるような粘着質な視線に気付いたのは、靴を脱ぐために俯いた時だった。抑えられてはいるが強く触れる。またか、とカカシが顔を上げた途端に気配は霧散したために、そんな視線は日常茶飯事なカカシはすぐ忘れてしまった。
イルカは紅が掴んでいた腕を振り払える筈もなく、しかし上忍だらけの座敷の居心地の悪さに隅っこで腰を浮かせて立て膝で、いつでも逃げられるように構えていた。そこへ声が掛けられ、見ればカカシを紹介しろとせがんだ女達だった。知った顔にほっとしてイルカは笑顔になったが、女達はイルカと仲良くする気も一緒の席に座る気もなかった。
―本当に来たのね。早く紹介してよ。
と長い巻き毛の女の唇を読んでイルカはもう少し、と身振りで返す。
何年振りだあれからどうしていた、と次から次へと話し掛けられるカカシを邪魔してはいけないと、見ているしかなかったのである。
久し振りだからと中央に座らされていたカカシがようやく離してもらい、座敷の入り口近くのイルカの向かいに座ったのはそれから一時間近くたってからだった。酒を勧められても喉を通らず、話し掛けられてもろくに返事も出来なかったイルカは、嬉しさに破顔した。そしてそれを見て、カカシはイルカを一人にしておいた自分に後悔した。
お久しゅうございますはたけ様、とくノ一隊隊長の赤毛の女は最上の笑みでカカシに酌をして別の上忍の元へ移動する。隊長だけは特別上忍なので任務で顔を合わせた事もあるのだが、めんどくさそうにいったん声の主に顔を向けて返事をし、興味ないと頬杖をつきカカシは目を閉じた。
他のくの一隊も男達に声を掛けられしばらく楽しそうに過ごしていたが、カカシが仲間から解放されたのを見て近付いて来た。
怖い顔で睨まれるとイルカも申し訳ないと焦る。
「イルカ、早く紹介してちょうだい!」
じれったいと巻き毛の女はイルカに命令口調で懇願する。その声で怒鳴り付けたいのを我慢している事が判り、カカシが何事かとイルカをこっそり見ると、泣きそうな顔で女と自分を交互に見てうろたえていた。無視するとイルカに迷惑が掛かると判断して、カカシは顔を上げた。
「どうしたの、イルカ先生。」
頬杖をついたまま小首を傾げて覗き込むようにイルカを見ると、目には涙が浮かんでいる。えっ、と声が出そうになり、カカシは胸が締め付けられるような感覚に自分でも驚いていた。
「あの、友達がカカシ先生を紹介してほしいというのですが。ご迷惑でなかったら…お話ししていただけないかと…。」
イルカの声は無理矢理絞り出したようで、涙を悟られないように俯いたまま笑顔を作ろうとしていた。
そんな顔は見たくない、とカカシは横を向いたが必然的に友達だと言う化粧の濃い女と目が合ってしまった。
仕方ない。イルカ先生のために話をするかねぇ。
ふうっと小さな溜め息を吐くと、カカシは何の用かと女に話し掛けた。女は綺麗な顔が更に綺麗に見えるような笑い方をし、自分をカカシに印象付けようと懸命だった。
「はたけ様のような特別な上忍の方は、あたし達と知り合いになっておいて損はございませんわ。」
猫なで声の巻き毛の女の後ろには、同様に綺麗な顔立ちの女達が数人並んでいた。狙った男は必ず落とすと豪語し、それをやり遂げる事を生き甲斐とさえしていると噂される。今回の標的はカカシとその仲間である事は間違いないだろうと皆は思い、酔いも手伝って面白そうにそれを眺めていた。
イルカも噂からもしやと思う節はあったが、自分に接する時の彼女らの優しさが嘘だとは、どうしても思えなかった。
まさか、私に近付いたのはカカシ先生を―。嘘、何で。
イルカは目の前で起こっている事が信じられない。やはり自分は利用されただけなのか。
ぽとりと涙が一粒、酒のコップに沈んだ。
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