12

十二
「俺はお前の隣にいるんだ。」
これ以上言わせる気か、と呟きながらアスマの足は速まり、気付けば紅は手を引かれて歩いていた。
涙声でありがとう、と言いながら紅は赤くなっているだろう頬とあふれそうな涙を隠すために俯き、ゴツゴツした傷だらけの、しかし大きく温かな手を離さないように握り返した。

イルカがそんな二人に気付かない筈もなく、よかったわ、と微笑めばカカシが不思議そうな顔をした。イルカがこっそりと理由を話すと、カカシは驚いておおげさな程のけ反った。
「ええっ、まだくっついてなかったの?」
そりゃびっくりだね、と目を見開きカカシは先を行くガイに道ばたの小石を投げた。それは見事に後頭部に当たり、ガイは何だよという顔でカカシを見た。
ちょっと来いと手招きに近寄ったガイに、カカシは晴れて恋人同士となった二人を顎で示し、尋ねた。
「なあ、あいつらって実はまだそういう関係じゃなかったんたって。知ってたか?」
どあええぇ、とガイから大きな声が出た。
聞こえてはまずいとガイは慌てて口を押さえ、カカシはガイの頭を小突いたが、幸い気付かれずに済んだようで、三人は顔を突き合わせ小声で話を続けた。
この男達が鈍いのか、付き合っていると思い込んでいたため気付かなかったのか。どちらにせよ、身近にいたのに気付かなかったのは忍びとして失格かもしれないと、おおげさだが溜め息が出てしまう。
「まあ、いずれにせよ、良かったな。」
結果良ければとガイは素直に喜んだ。イルカもうなづきいいなあ、と漏らした言葉にカカシが笑った。
「イルカ先生もてるくせに。」
「まさか。寄って来るのはこどもと動物だけですよ。」
とイルカは複雑な思いで笑い返す。ふと空を見上げ、星が幾つか瞬くのに気付いた。
「綺麗ですね。」
と言われてカカシも初めて空を見上げた。
星なんて方角と天気を確認するためにしか見た事がない。綺麗だとかの曖昧で主観的な感情は、自分には欠如していると自覚している。しかし今見る夜空は言いようのない、一面に瞬く数多くの星が、なんて―。
「ああ、綺麗だねぇ。」
自然に言葉がこぼれた。
カカシは内心そんな自分に驚きながら悪くはないな、とひそかに笑った。
忍びには、人の痛みどころか自分の痛みさえ判らない奴らが多い。そしてそれは伝染する。
中忍でありながら感情豊かで馬鹿正直なイルカを、最初はわずらわしいと思っていた。何故イルカが皆に好かれるのか理解出来なかったが、今なら誰よりもイルカについて知っていると思う。
え、誰よりも?
何で。
何をもってそう思うのだろう、とカカシは自問した。まだイルカを知って数ヶ月なのに。
「私は男の人からすれば、鬱陶しいのだと思います。だから友人以上にはなれません。」
いや俺はそう思わないけどね、とカカシは首を傾げた。こんなに気遣いが出来る人が側にいたら、俺は安心して任務につけるだろうけど。
「ねえ、イルカ先生は男女平等主義? 家庭に入って男の世話をするのって嫌い?」
「いえ別に、そんな事は思いません。適材適所だと生徒達にも教えていますし。」
だからイルカは良くない噂の女達とも、分け隔てなく付き合えるのだった。女達は自信を持って体を張った裏の任務についている、と信じていたのだ。
「なんかさ、俺らの周りは皆対等だと思ってて、結婚して女だけがこどもを産んで育てるのは損だとか、男は浮気しても何も言われなくていいとか責められるけど、俺にはよく解んないんだよね。」
珍しく饒舌なカカシは、よほど鬱憤が溜まっていたのだろう、一気に言葉を吐き出した。
「上忍の女性には辛いと思いますよ。私でさえ悩みますから。…怖いんです。」
明日の事さえ判らないのだ、男と同じように今日を生きるのに頑張って何が悪い、と。
「価値観の相違かな。やっぱり解らない。」
「いいんですそれで。その上でお互いを認め合いませんか。」
にこやかに自分を見上げるイルカに、カカシは目を見張った。
「やっぱりイルカ先生はいいね。うん、いいよ。」
不思議な気分だった。また新たなイルカを発見したのが嬉しい。にやけてる、と自覚してカカシは顔を隠す覆面にほっとしていた。
間もなく懇親会の会場に着いた。元は旅館だったらしい、大きな居酒屋を借りきってあった。外にいても大騒ぎが聞こえ、ガイ以外は面倒臭そうに溜め息をつき、しかめつらになった。

帰ろうかな、とイルカの足が止まる。カカシはなんと後ずさりを始めた。
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