2


カカシはイルカを抱く手に、知らず力を籠めていた。怒りはイルカから、見過ごしていた火影に移行した。
一つ上階の救護室の前を通り過ぎてから気が付いて、慌てて引き返した。誰も見ていないのに気恥ずかしかったのは、怒りにまかせて歩き、我を忘れてしまったからだ。
ドアの鍵は開いていた。此処は忍び専用に少し強めの薬やらが置いてあるが、火影の執務室の並びで一般人が勝手に出入り出来ない階のため、施錠する必要がないのだ。
イルカを白いシーツの上にそっと下ろすと、カカシは小さく息を吐いた。もう少し日に焼けてた筈なのにシーツと同じ位白い顔、唇も普段より色がない。
あれ、何でオレこの人が日焼けしてるなんて知ってるんだ。そんなに話もしてないだろ。あ、サクラに言われて気にはしてたかな。
カカシは不謹慎だとは思ったが、今日話した人の顔さえ記憶していない程人間関係に淡泊な自分がイルカを気にしていた事に驚き、口をゆがめて笑った。

さて、どうしよう。と辺りを見回し薬でも、とカカシは薬品棚の前に立ったが、気を失っているイルカに何を飲ませればいいかなんて判らない。
起こすべきかとイルカの側にしゃがみ込み、顔を覗き込めば安定した息が聞こえた。
寝てる?
何だ、やっぱり寝不足か。ならもう少し寝かせておくか。オレも暇だし、ここで放り出すとガキどもがうるさいからな。

カカシはベッドの回りのカーテンを閉め、思い付いたように顔を上げた。おもむろに部屋を出ると、火影の執務室へと速足で向かった。
いきなり入って来たカカシを見て火影はキセルをくゆらせ、あからさまに嫌な顔をした。なんぞ文句を言いに来たのか、と言うとカカシの顔に煙を吹き掛けた。
イルカ先生が倒れましたよ、とカカシの棒読みの言葉に火影はキセルの火を消した。だからあれだけ言うたのに、と聞こえない程小さな声だったが、言葉が震えているのがカカシには判った。
何だかな、ムキになったオレが馬鹿かねぇ。親子みたいな関係だって聞いてたから心配してんのは解るけど、火影様も親バカみたいだな。
それでイルカは、と聞かれカカシはあっちで寝てますよ、と救護室を指さした。かなり痩せたようだと言えば火影も、気にはしていたが外回りの忍びも大差ない現状では特別扱いは出来ないのだと、更に苦悩の表情を深くする。

しばらく無言の時間が続いた。カカシは部外者の筈の自分が、犯罪の共犯者となってしまったようななかば不快な気分になっていた。面倒な事にならなきゃいいな、と窓の外の赤く色付き始めた木々を眺めながら。
すまないがイルカを家まで送ってほしい、と火影に言われたカカシはなんでオレが、と顔に出したらしい。更に頭を下げられては断れないと判断し、溜め息と共に了承の短い返事を返してカカシは部屋から出た。

未だ起きぬイルカの側に立つと、しばらく寝姿をぼうっと眺めていた。あまり女だとは意識せずにいたが、こうして見ると顔立ちも悪くない。性格は知る限り真っすぐで、いつも一所懸命に仕事に取り組んでいるようだ。
そういや、可愛いって騒いでる男どもがいたっけね。笑顔は確かにいいよな。お育ちのいいお嬢様みたいだ。
自分には縁のない世界だとカカシは思った。イルカの事は何も知らなかったし、深く関わる気にもならなかったのだ。

小一時間程椅子に座り、あまりよろしくない大人の小説を読んでいると、ようやくイルカが目を覚ました。しばらく焦点の合わない目でカカシを見ていたが、あ、と勢いよく起き上がりまためまいに横になった。
無理しなくていい、とカカシは優しい声を掛けた。頬を染めたイルカは、まさかカカシ先生が私を、とかすれた声で呟くようにカカシに話し掛けた。しかし目は伏せたまま、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんと頭を下げたその顔を覗き込んだカカシは、軽く眉を寄せた。
顔色は少し良くなったのに、チャクラは弱いまま変わらないじゃないか。一人で帰すわけにはいかないよなぁ。ま、送るだけだしな。

「貧血、何度も起こしてるでしょ。」
カカシはしゃがみ込んで、イルカの頬に手を当てた。びくりと体を震わせのけ反るようにその手から逃げたイルカは、慌てて立ち上がろうとしたが、脚に力が入らず動けなかった。
「あんた、かなり痩せたんじゃない? 何をそんなに無理をする事があるんだ?」
語気を荒げたカカシは、イルカを責めるような言い方をした。
「わ、私がやりたいだけです…。」
言いたい事はあるが言うべきではないと、イルカは判断した。毎日でもカカシを見たいのだ、そしてナルトもカカシに完全に預け渡すには自分が子離れ出来ていない。
もう少し。私が我慢すればいいんだもの、黙っていよう。大丈夫、ね。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。