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右目だけで本心を射抜くようなカカシに、嘘はつけないが本当の事も言えない。とイルカは口籠ってしまった。
そんなイルカを、自分が威圧してしまったとカカシは誤解しよく怒られるんだ、と頭を掻いて微笑んだ。
ついチャクラ出しちゃうんだよね、ごめん。といいように解釈され、イルカも曖昧に笑い返した。
「そろそろ歩ける?」
カカシの言葉に、イルカはうなづいてゆっくり立ち上がった。膝が言う事を聞かないのを無理に歩き出せば、真っすぐに歩けない。しまった、と思ったがカカシはその様子にふっと笑い、左腕を差し出した。
「歩いて帰れるって頑固に言い張るんでしょ。だったらほら、つかまって。」
カカシはくいと肘を曲げて、イルカに早く、と急かす。
「え…。」
突然の事に戸惑うイルカは、恐々と手を出してみたがカカシの腕に触れる事さえ出来ず、胸の前で両手を握り戸惑うだけだった。
想いを寄せるカカシの側にいるだけでもまた倒れそうなのに、運を使い果たしそうなこの状況は一体何なのだろう。
どうしよう、私はどうしたらいいの。
まだ具合が悪いのだと勘違いされ、イルカはカカシに肩を引き寄せられてそのまま歩かされる。
顔が真っ赤になっているのではないか、胸の動悸が聞こえはしないか、と気にしながらイルカはカカシに支えられて歩いた。

こんなに背が高いんだ、手も大きいんだ。私の知らない事ばかりだわ。
イルカも小さい方ではないが、頭はカカシの肩を少し越える程度だ。肩に添えられた大きな手は、じわりと体温を伝えて来る。恥ずかしくて嬉しいこの状況が、いつまでも続くとは思ってはいないのだけれど。
イルカはただ歩いた。何も考えられないし、考えたくもない。
晩秋の落日はあっという間で、ほんの数分で辺りは紫の闇に包まれた。薄暗い街灯の続く道をカカシに付き添われて歩く内に、まるで恋人達だと錯覚するような寄り添い方になっている事に、イルカは気付いた。
でも、カカシ先生にそんな気はさらさらないだろうな。私をそういう対象として見ていないから出来る事なんだと思う。
切ないな、と胸が疼き涙が目に溜まる。まばたきでごまかして、イルカは俯いた。
「あ、その先です。アパートの二階の左角がうちです。」
階段の前でありがとうございましたと頭を下げると、カカシは部屋に入るまで見届けないと火影に叱られる、とイルカの腕を引いて階段を上った。
「え、火影様って。」
目を丸くしてイルカはカカシを見上げた。
「ちょっと働かせ過ぎだって、あんたが寝てる間に言いに行っちゃったんだけど。余計なお世話かと思ったけど、あんた相当酷い顔してたし。」
どうしよう、どうしよう。

じゃあ今日はよく寝なさいよ、とカカシはさっさと階段を下りて去って行った。
結局イルカは一晩中浅い眠りにしかつけず、翌朝は疲労感に襲われながら起き上がった。昨日の数時間の事は、全て夢だったのではないかとさえ思えた。
どうしよう、私。カカシ先生にご迷惑をお掛けしたわよね。それに火影様にも倒れたなんて知られて、今日何か言われるんだろうな。あーあ…。
それでも出勤しなければならない。無理矢理適当な残りの惣菜を口に放り込み、支度を始めた。
毎日出来合いの惣菜を買う。ご飯すら食べるのが面倒で、気が向けばうどんやらの喉越しの良い麺類を茹でるが、それも週に何度か。あまりにも忙しく昼食も取れない時は、一人でこっそりお菓子で済ませる事も多い。
やっぱり痩せるかなあ。と呟いて、イルカは二の腕を上げてみた。筋肉はそこそこ付いているからあまり細いとは自分では思わないが、体重は確実に減っていた。
胸からなくなるもんねえ。体重増やすと最初に戻るのはお腹だし。困ったもんだわ。
一応女は捨ててはいないけれど、仕事に追われる今のイルカには見映えを良くしようなどという気はなかった。
ただ昨日カカシに酷い顔だと言われて、老け込んだような鏡の中の自分にようやく気が付いたのだ。
取り敢えず、目の回りの陰をどうにかしないと。死人みたいだわ。
思った所で今すぐどうにかなるものではないが、血行を良くするためにマッサージを始めた。多少変わったような気がして、気が付いたらやるかな、と鏡に微笑んでイルカは家を出た。

出勤すれば、案の定火影が受付に顔を出した。イルカを手招きし、側に寄ると怖い顔で休みを取れ、とうなるような低い声で言う。
こんな時は黙ってうなづきやり過ごすのが得策と心得ているから、イルカはすみませんと頭を下げて終わりにするつもりだった。
しかし火影は、言う事を聞かないであろうイルカの受付勤務を減らすために、別の任務を用意していたのだった。
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