また、あの人を見る事が出来た。
受付でただ待っているだけで、いつ来るのか判らないというのに私は朝からどきどきしている。
今日は朝から、任務の拝命書を下忍の子達と受け取りに来た。こんなに早い時間だという事は、少し面倒な内容なのだろう。私の所に来なかったのは残念だけど、姿を見られただけでも嬉しい。それからナルトがあの人を慕い、徐々になつく様子に安心する。
あの人の部下達はアカデミーでの私の教え子だったから、話をする機会は全くない訳ではない。だから、接点のない友達からは羨ましがられるけれど挨拶をする程度だし。私なんかあの人の眼中にはないのは、解ってる。

うみのイルカはアカデミーの予鈴に立ち上がり、じゃあまた夕方来ます、と居並ぶ受付員にお辞儀をした。
出来る限りあの人を見ていたい。そう思い、時間の許す限り受付に入る。教師だってかなり大変で、空き時間には準備する事や引き継ぐ事も山のようにあるのだが、片思いの相手のはたけカカシを見るために、遭遇確率の高い此処、受付に座るのだ。人手が足りないからと火影から打診された時には、緩む頬を引き締めるために奥歯を噛み締め眉間にしわを寄せたものだから、火影はそんなに嫌ならいいんだ、と取り消そうとしたのだ。
とんでもない、勉強させていただきたいので引き受けます、と真顔になるのに苦労したのが数ヶ月前の事。
それから、平日には夜勤の受付員の終わる早朝から始業までほぼ毎日と、受け持ちの授業が早く終わる日は夕方から夜勤の受付員に交代するまで、そしてアカデミーの休日には一日詰めるようになったのだ。
勿論最初は、これほどの過密スケジュールではなかった。朝は一日おきで、夕方も週に一、二回だけという、文字通り欠員の補充にしか過ぎなかったのだが。
補充の出来ないまま、イルカの勤務は増えていった。しかし、教師の仕事は減らない。どちらも忍びとしてする事ではないと、引き受ける者がいないのだ。
女にはちょうどいいだろうと、馬鹿にする者も多かった。だったらやってみろとイルカの代わりに憤慨する味方も多いが、当の本人は私にはこれくらいしか出来ないからと、いきり立つ友人達に優しく微笑むだけだった。
私がやりたいだけなのよ。きついけど、あの人に会えるなら構わない。話が出来たらもっと嬉しいけど、今は私の存在を知ってもらえるだけでいい。あの人の視界に入る事すら出来ない人の方が多いんですもの、私はまだ幸せよね。

ああ、また今日も座ってるよ、イルカ先生。サクラが働きすぎだって言うのも解る気がする。なんか顔色悪くないか。
夕方、少し面倒だった下忍の子達との任務を終え一人で報告書を提出に訪れたカカシは、イルカを見て思った。あまり話をした事はないが、彼女の姿をほぼ毎日のように此処で見かける。昼間だってアカデミーの校庭で走り回るのも見ている。
仕事熱心だな、としか思わなかったが、あまりにも視界に入るのでよくよく聞いてみれば。
人手不足だからって女の子にそれはないでしょ、とカカシは呟いて、でも口は挟めないからとサクラの頭に手をやった。
ナルトもここひと月以上、一楽のラーメンを一緒に食べていないと文句を言っていた。

部下のこども達の恩師というだけで他に理由はないが、カカシはイルカに時折言葉を掛けた。時候の挨拶と、こども達の様子を教えるために。
受付でよく見られているのはそれが聞きたかったからだと、カカシは思っていたのだ。目上の方には自分からは話し掛けられないので、とイルカは言っていたし。
そんなイルカの想いをカカシは知らなかった。

ある日、夜勤の受付と交代するために立ち上がった時に、イルカは目眩を起こして崩れ落ちた。意識はあるが、ぐるぐると頭の中が回って立てない。しかし交代の者も一人なので、その場を離れるわけにはいかない。
大丈夫、少し休めば帰れるから、とイルカは言うが動けないのを、交代の男はおろおろしながら側にいるだけだった。
たまたまそこへ、個人の任務の報告にカカシが来たので、男はあからさまに助かったという顔をして声を掛けた。
担架で救護室に運ぶために人を呼びに行く間此処に居て欲しい、と男が言うのをカカシは聞きながら、床に座り込んだままのイルカの背に手を添えると、あまりにも細い体に内心驚いて舌打ちをするところだった。
だから働きすぎだってんだ、とイルカを怒鳴りたい気持ちを押さえてカカシはイルカを抱え上げて、一人で運べるからと言い捨てて歩き出した。後ろからお願いしますと声が掛かったが、口を開くと八つ当たりをしそうで代わりにただうなづいただけだった。

軽い。顔なんか一回り小さく見えるじゃないか。違う、体も一回り小さくなってんだろう。
食ってないし、寝てもいないな、これじゃ。
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