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31 月齢二十八
カカシさん、と綺麗な声でイルカがオレを呼ぶ。
今日は無理矢理休みを貰った。と云うか下忍の任務自体を休みと決めて、三人にこの家に来るように指示した。
イルカにも内緒で決めた事の為に。
昨日、イルカの崩壊を知ってそれでもとオレが望んだ事の為に。
お昼少し前に子ども達は、それぞれ手土産を持って現れた。結界の外から忍犬がオレを呼ぶので、玄関だけ開けて迎え入れた途端、甲高い声が響く。サクラの情緒があって素敵、と云う感嘆とナルトのすっげー広い、と云う驚愕とサスケの新婚家庭丸出し、と云うやや大きな呟きとが同時に聞こえてオレは苦笑する。
カカシさん、上がってもらって。とイルカが現れると、子ども達は昨日イルカが倒れたのを知っているから一瞬躊躇ったが、両手を広げて笑うイルカの懐に飛び込んで先生、先生と煩い。
今この時、イルカの時は正常に流れている。今はまだ。しかし今朝、オレの部下で教え子であったこいつらの名前を一瞬忘れてしまい、イルカは泣いた。それが今後確実に進むであろう崩壊のきざはしである事がオレ達には解るから。オレはイルカを抱いてその場でうずくまるしか出来なかった。顔を上げられず、イルカはもう私は―、と唇を震わせ言葉が続けられない。オレは腕の力を強めイルカの肩口に顔を埋めて、浮かんだ涙を悟られまいとした。
オレは此処に居ますから、と言うオレの言葉にうなづいて、イルカはそろりと顔を上げた。
カカシさん、と落ち着いた声で、オレの背をその柔らかな手で宥めるように撫でながら、聞いて下さいと話し始める。
私はカカシさんの事を、出会った時から、忘れていません。カカシさんの事だけは、何一つ忘れてはいないんですよ、凄いでしょう。とイルカは涙を拭い、笑って見せた。
それが嬉しくて、絶対にカカシさんの事は忘れないって、忘れちゃいけないって。
言葉が途切れて、イルカはオレの胸にしがみつき唇を噛み締め、鳴咽を堪える。
ああ、子ども達が来ちゃいますよね、こんな顔見せちゃいけませんね。
泣きながら笑ったイルカははかなくて。そんな今朝の事を思い出してぼうっと四人を見ていたら、サスケに何デレデレしてんだよこのスケベ、とすねを蹴られて声が出た。
久々に楽しい昼餉と為ってイルカの明るい、以前の先生振りがオレの胸に痛い。二度と教師は出来ないのだ。
オレはいずまいを正し、お前達に報告がある、と上司らしく言ってみた。イルカと三人は、突然何かとオレを見詰める。ポケットから取り出した赤いベルベットの小箱を見て、サクラが息を飲んでカカシ先生本当に、とオレに問う。髪で左目を隠し口布をしたままのオレでも、右目だけで判るらしい。本気なんだね、と。
イルカ、と左手を取り小箱を開けると。
お揃いの白銀に輝く細い指輪が、大きいのと小さいのと二つ。
えっ、と引っ込めようとする手を握り締め、オレはイルカに結婚しましょうと言った。
大きく目を見開き、イルカは息を飲んで動きを止めたまま。涙だけがぽろぽろと零れ続ける。返事を聞かせて、とその俯いた顔を覗き込めば、ぐちゃぐちゃだから見ないで恥ずかしい、と更に俯くのを上向かせどんな顔でも愛してると、言ったその時は周りの子ども達の事なぞ忘れていた。
小さな声でハイと、イルカに言われてオレはそのまま口付けようとしたが、子ども達が、と囁かれて思い出す。至近距離で動くに動けずにいる少年少女を。
オレは別に構わないんだけどなあ、と思いながらイルカの手を取った。左手の薬指、するりと嵌まった指輪はオレの決意。そしてイルカはオレの指にも指輪を嵌めて、そのまま自分の頬に寄せた。
私と貴方を繋ぐ証しですね、とオレの手に唇をはわす様子の方がいかがわしいと思うけど。
忍びは普通指輪なぞしませんが、オレは外しませんよ、とイルカと子ども達に聞かせるように言う。死んでも外しませんからね。
子ども達から拍手を貰い、今更ながらオレは穴に入りたい程恥ずかしくなった。が、恥ずかしついでに言ってしまおう。
明日、届けを出しに行くよ。そしたらオレとイルカは夫婦だ。
きゃあとサクラが頬を染めてはしゃぎ出す。ナルトもお祝いだ、一楽だと騒いで馬鹿かと殴られる。サスケは一瞬眉をしかめたが、お前になんか勿体ないよな、と本気で殺気を目に宿したのは嫉妬だったのかもしれない。
あ、忘れてた、とイルカが縁側の掃き出し窓を開けて忍犬達を呼んだ。オレの同意を取り、足を拭いた犬達を家に上げる。子どもと犬が戯れるっていいもんだな、と好きにさせておいてそれを眺めていた。家中を走り回るのはちょっと勘弁、と思ったがイルカの笑顔には負ける。結局夕飯まで出してやって、オレは真っ暗闇の中家まで送る羽目になった。
そしてその帰り、アスマと紅に、明日家まで来てくれと頼んだ。
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