30 月齢二十七(後)
一旦口をつぐみ、目を伏せ息を調えて火影はオレの目を見た。
何故、お前からイルカのチャクラが漂う。
オレは黙ったまま火影と対峙していた。睨み合いに負けてはならぬと意地を張る。
外の廊下から聞こえて来る足音三つ。オレの部下の下忍達の声がして。転げるように走り込む子ども達が真剣な目をして大人達に詰め寄った。
一人はオレに向かい、街でオレ達を見掛けたが様子がおかしかったので来たんだと言い、傍らのソファにぐったりと倒れるイルカを見て息を飲んだ。
一番冷静な子どもが手に持った封書を火影に渡す。何日か前オレがまだ静養中でこいつらが自主鍛錬をしていた時、イルカに託された物だと言う。多分チャクラを繋ぐ呪を掛け終えた頃か。
その時先生のチャクラが少なくて、何か大変な任務に行って来たのかと思ってた。でも気になって仕方無くて。先生は次の満月を過ぎてから火影様に渡して欲しいと言ったんだけど、と涙を堪えて言葉を切る。
イルカ先生死んじゃうだろ、とオレに向かって叫ぶ。お前のせいだ、イルカ先生を返せ。
一通り叫んで気が済んだのか、悪い言い過ぎた、と言って子どもはイルカの側でじっと佇む。
火影は言葉無く溜め息だけを零して、封書を開いた。字面を追う目が次第に見開かれ、一気に最後まで読むと無言で椅子に倒れ込んだ。
全て、イルカは承知していたのだなと、絞り出すような声は独り言だったのか、オレに尋ねたのか。
そこに書かれていたのは火影への謝罪と、自分が正気を保てなくなる事と。
―イルカのチャクラは少し変わっていてな、戦いには全く向かないのだ。アカデミーで教える分にはまだ実戦では無いから良いが。
倒れたままのイルカを見遣り、言葉を切る火影。子ども達に聞かせて良いものかと躊躇い、のち。
他人に分け与える事が出来、更に傷病の治療に効果があるのだと云うそのチャクラは、人をあやめる為のものでは無く。しかしイルカの命を削る事になりかねなかったから。
そう言われてオレは納得した、全てを。
此処にも書いているが、と火影はオレに言う。 既に正気でいる時間が日の半分しか無いと。気が付かなかったかと聞かれて、オレの前では殆ど判らなかったので、と。
もしや、とオレは顔を上げて火影に確認するようにゆっくり言葉を放った。
オレがイルカに掛けた契り返しの術と、イルカが自分に掛けたチャクラをオレに流す呪術ですか。
火影は視線を窓の外に逸 らした。
いやお前がイルカに掛けたのは大して害は無い筈だが、イルカが自分に掛けた呪は精神に影響を与えるものだったようだ、と。淡々と語るその口調は先程の鬼のような形相と同一人物とは思えない。
しかしそれよりも、既にイルカは崩壊しているのだ、かなり以前から、とも火影は言う。
意識を操作し無とする事、そのための情報の選別の繰り返しで疲弊し切っていた所で、それを成す為のチャクラが無くなったら。
記憶の崩壊は、もうここ数年にまで及んでいるようだ、と火影は書面を指でなぞり、日常を記録しては読み返して過去を確認する事を繰り返していたらしい、と周囲を見渡して言った。それでもどうしても心が拒否する部分はあり、それが時折周囲におかしいと思わせるものだったのだ。
この子ども達にも判る程の違和感。
生活に支障が出る程の記憶障害があるってのに、更に呪を掛けて崩壊を加速させたのか。
オレはイルカを振り返る。
ソファに寝たまま苦しそうに身を縮め息を吐くその姿に、先程家で感じたイルカが何処かへ行ってしまうのではないかと云う恐怖は、予感だったのだと確信した。遠くない将来、数年のちか明日か。
必ずイルカは…。
しかしオレがイルカを愛する事だけは、何があっても変わらないしやめない。死ぬまで、いいや例え死んでも。
オレは自分に確認し、決意を火影に告げた。
イルカを連れて帰ると。
それが何を意味するかを、周りの者達は悟った筈だ。そうしてオレは意識の戻らないイルカを抱いて、家へと跳んだ。誰も、火影すらも追うなと睨みをきかせて。
オレの記憶の中で、イルカは心から安心して笑っていたのだ、いつも、オレの知るイルカは。そう、オレに全てを任せ自分をさらけ出して。
夕刻になり、真っ赤な夕日が家の中のオレ達を照らし出す。まだ目の覚めないイルカの横顔は何事も無かったかのように穏やかだ。ああ、そうだ、何事も無かったのだ。この結界の中では何も無かったし、これからも起こらない。
そうだオレ達は一生、此処でごく普通の生活をする事が出来るのだ。その為に早く夫婦になろう、誰にも邪魔されないように。
切り損ねた爪のような細い月が真夜中に昇ったのを確かめて、ひと気も無く強いチャクラも受けずに済むような道を、オレ達は手を繋いで散歩に出る。
一旦口をつぐみ、目を伏せ息を調えて火影はオレの目を見た。
何故、お前からイルカのチャクラが漂う。
オレは黙ったまま火影と対峙していた。睨み合いに負けてはならぬと意地を張る。
外の廊下から聞こえて来る足音三つ。オレの部下の下忍達の声がして。転げるように走り込む子ども達が真剣な目をして大人達に詰め寄った。
一人はオレに向かい、街でオレ達を見掛けたが様子がおかしかったので来たんだと言い、傍らのソファにぐったりと倒れるイルカを見て息を飲んだ。
一番冷静な子どもが手に持った封書を火影に渡す。何日か前オレがまだ静養中でこいつらが自主鍛錬をしていた時、イルカに託された物だと言う。多分チャクラを繋ぐ呪を掛け終えた頃か。
その時先生のチャクラが少なくて、何か大変な任務に行って来たのかと思ってた。でも気になって仕方無くて。先生は次の満月を過ぎてから火影様に渡して欲しいと言ったんだけど、と涙を堪えて言葉を切る。
イルカ先生死んじゃうだろ、とオレに向かって叫ぶ。お前のせいだ、イルカ先生を返せ。
一通り叫んで気が済んだのか、悪い言い過ぎた、と言って子どもはイルカの側でじっと佇む。
火影は言葉無く溜め息だけを零して、封書を開いた。字面を追う目が次第に見開かれ、一気に最後まで読むと無言で椅子に倒れ込んだ。
全て、イルカは承知していたのだなと、絞り出すような声は独り言だったのか、オレに尋ねたのか。
そこに書かれていたのは火影への謝罪と、自分が正気を保てなくなる事と。
―イルカのチャクラは少し変わっていてな、戦いには全く向かないのだ。アカデミーで教える分にはまだ実戦では無いから良いが。
倒れたままのイルカを見遣り、言葉を切る火影。子ども達に聞かせて良いものかと躊躇い、のち。
他人に分け与える事が出来、更に傷病の治療に効果があるのだと云うそのチャクラは、人をあやめる為のものでは無く。しかしイルカの命を削る事になりかねなかったから。
そう言われてオレは納得した、全てを。
此処にも書いているが、と火影はオレに言う。 既に正気でいる時間が日の半分しか無いと。気が付かなかったかと聞かれて、オレの前では殆ど判らなかったので、と。
もしや、とオレは顔を上げて火影に確認するようにゆっくり言葉を放った。
オレがイルカに掛けた契り返しの術と、イルカが自分に掛けたチャクラをオレに流す呪術ですか。
火影は視線を窓の外に逸 らした。
いやお前がイルカに掛けたのは大して害は無い筈だが、イルカが自分に掛けた呪は精神に影響を与えるものだったようだ、と。淡々と語るその口調は先程の鬼のような形相と同一人物とは思えない。
しかしそれよりも、既にイルカは崩壊しているのだ、かなり以前から、とも火影は言う。
意識を操作し無とする事、そのための情報の選別の繰り返しで疲弊し切っていた所で、それを成す為のチャクラが無くなったら。
記憶の崩壊は、もうここ数年にまで及んでいるようだ、と火影は書面を指でなぞり、日常を記録しては読み返して過去を確認する事を繰り返していたらしい、と周囲を見渡して言った。それでもどうしても心が拒否する部分はあり、それが時折周囲におかしいと思わせるものだったのだ。
この子ども達にも判る程の違和感。
生活に支障が出る程の記憶障害があるってのに、更に呪を掛けて崩壊を加速させたのか。
オレはイルカを振り返る。
ソファに寝たまま苦しそうに身を縮め息を吐くその姿に、先程家で感じたイルカが何処かへ行ってしまうのではないかと云う恐怖は、予感だったのだと確信した。遠くない将来、数年のちか明日か。
必ずイルカは…。
しかしオレがイルカを愛する事だけは、何があっても変わらないしやめない。死ぬまで、いいや例え死んでも。
オレは自分に確認し、決意を火影に告げた。
イルカを連れて帰ると。
それが何を意味するかを、周りの者達は悟った筈だ。そうしてオレは意識の戻らないイルカを抱いて、家へと跳んだ。誰も、火影すらも追うなと睨みをきかせて。
オレの記憶の中で、イルカは心から安心して笑っていたのだ、いつも、オレの知るイルカは。そう、オレに全てを任せ自分をさらけ出して。
夕刻になり、真っ赤な夕日が家の中のオレ達を照らし出す。まだ目の覚めないイルカの横顔は何事も無かったかのように穏やかだ。ああ、そうだ、何事も無かったのだ。この結界の中では何も無かったし、これからも起こらない。
そうだオレ達は一生、此処でごく普通の生活をする事が出来るのだ。その為に早く夫婦になろう、誰にも邪魔されないように。
切り損ねた爪のような細い月が真夜中に昇ったのを確かめて、ひと気も無く強いチャクラも受けずに済むような道を、オレ達は手を繋いで散歩に出る。
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