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27 月齢二十五
今日も昨日と同様に起こされて朝だと知るが、オレはイルカと顔を合わせる事に躊躇い、寝た振りを決め込んだ。いつもと変わらぬ声で行ってきますと言っては走り出す。いつか辞めるにしてもまだ子ども達には何もしてやってないと、自分の身を削ってでも責を全うしたいと言うイルカ。
苛々していたのか気が付くと、オレは唇を噛み切っていた。鉄錆の匂いと味に懐かしさを感じて、そろそろ任務に出たいと胸の奥がうずうずしてくる。
と、いいタイミングで明るい窓の外に火影からの使いが飛んでいるのが見えた。腕慣らしの諜報の任務だと知れ、気遣ってくれるのが嬉しい反面、見くびってくれるなと血が沸く。
夜駆けの任務ならば、イルカが帰ってからで良い。挨拶位はして行こうとオレはそれまでを忍具の手入れに費やす。昼になり、イルカの作ったメシを一人もそもそと食う。今夜は帰れないからと、いつもの大きな忍犬を呼び出してイルカと留守番をしろと命令をする。余程イルカが気に入ったのか、犬も喜んでイルカの姿を探し始める。まだ帰って来ないからと苦笑すると、犬は玄関の三和土に下りて寝転んだ。そのままイルカを待ち続ける。びくりと耳が動き、犬が外に向かって吠えては前脚で玄関の引き戸をカリカリ引っ掻く。何事かと外に気を向けると、二人の男の気配に混じりあまりにも弱々しいイルカの気を感じて、オレは慌てて裸足で外に飛び出した。
医療班の若い男が二人、此処までイルカを交互に背負って来たのだと言う。
イルカはアカデミーで授業中倒れて意識不明に陥ったのだが、チャクラが殆ど無くなっていたのを不思議に思って送りがてらオレに聞きに来たらしい。チャクラ切れでは入院する必要はないと診断されたと聞き、胸を撫で下ろす。馬鹿が、何も話す訳ないだろう。看病で疲れたのだろうと言ってイルカを受け取り、そいつらを追い返してオレは家の周囲に結界を張った。
知られてはなるものか。チャクラの無くなったイルカは一般人と変わり無い。それなのにオレの側に居るとなれば、今まで以上に危険になるのだから、きっと火影はオレからイルカを取り上げるだろう。
オレの腕の中のイルカが薄目を開けて、聞こえない程小さな声でごめんなさい、と目に涙を溜めて謝る。その体をベッドに降ろし、額に手をやってチャクラを探る。殆ど一般人と変わらない程微量にしか感じられない。自分自身で練る事は出来るのだろうか。いや、もう生きてゆくだけで精一杯だろう。
体術はどうにかなっても忍術は―使えない。
オレはこれから夜駆けの任務です、と言って忍犬を側に呼び今度は毒を牙と爪に仕込んだ事をイルカに教えて、気を付けるようにと言い含める。
結界を張った事、里から誰が来ても応対すらしない事、例え友人であっても玄関を開けない事。いやイルカでも開けられないようにしたけれど。
何で、と訝し気なイルカにオレは言う。
チャクラが無い事が判れば、保護の名目の元火影に連れ去られるだろうと。二度と会えなくなる、と言ってしまって目を見れば、大粒の涙がほろほろと落ちる。震える声で私はカカシさんとでなければ生きていられないと、手を伸ばしオレの首に縋り付き、声を上げて泣く。
守りたい、守りたいこの女を。オレの命を賭けて。
何としてもイルカは離さない。火影がオレを殺そうとするなら、先にオレが殺してやるさ。
縋り付くイルカを抱き締め、オレ達は互いの為に生きる事をもう一度誓った。これから先一生、何があっても離れないと。
オレの身勝手から始まったのは承知している。こんなに清廉で真っ白なイルカを、あらゆる手を使い地獄の血まみれなオレの元へと堕としたのだから。

オレは、里を敵に回す事を決めた。
近い内に火影は必ずイルカを取り戻す為に此処へ来る。オレを殺す事は無いだろうが死ぬ迄地下牢なんて事はやりそうだしな。
でも無理なんだよね、とオレは笑う。
イルカが死ねばオレも死ぬ。これは別に火影には痛くも痒くも無い。しかしオレの命が危険に陥った時には契り返しの術の蝶が教えてくれ、死んだら入れ墨となってイルカの背中一面に表れるのだ。ああ、イルカが黙ってたってそんな事調べられるのさ。そしてその時、イルカの掛けた術に依って残ったチャクラは自動的に全てオレに流れ込んで、イルカは命を使い切る事になるだろう。オレを痛め付けたところで、それはイルカに返るのだ。結果的には、オレが死ねばイルカも死ぬ。堂々巡りなんだよねえ。
ふふっ、素晴らしいじゃないか、生きるも死ぬもイルカと共に。
虚ろな目のイルカを置いて行くのは心配だったが、任務に行かなければ怪しまれるし、なによりイルカの為に稼がなきゃなんないしね。
三日月と呼ばれる、猫の爪痕のような月を見上げて、オレは諜報と云う名に許された暗殺に出る。
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